夢みる頃をすぎても/吉田秋生
74 名前:吉田秋生「夢みる頃をすぎても」[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 00:48:43 ID:???

この短編シリーズは、昭和52年から57年にかけて、別冊少女コミックを中心に、初期長編「カリフォル
ニア物語」の連載の合間にぽつぽつと描かれたものです。

基本はコメディなのですが、登場人物の雑談シーンという形で、学歴社会や恋愛観について作者の
視点が見られるあたりも面白かったりします。
特にシリーズ後半、女性の登場人物たちが、精神的にも年齢的にも、また肉体的にも「少女」から
「大人の女」へと成長していく過渡期の葛藤や一進一退ぶりは、等身大で妙に生々しいものでした。

ストーリー展開やキャラの行動そのものを見せる「カリフォルニア〜」や後の「BANANA FISH」とは
対照的に、淡々とした日常描写を細かく積み重ねることで、登場人物の心情を浮き出させる、という
手法を取っている作品シリーズなので、印象的な会話を中心に、少し細かめに書かせていただきました。
昭和時代の話ということもあり、展開や会話にかなりこそばゆい部分もありますが、御了承ください。
あと、高校生や未成年がフツーに飲酒・喫煙しているシーンが何度も出てきますが、まあ当時は
そのへんはかなりゆるかったので(少女誌は、今でも少年誌に較べてそのへんの規制がゆるいです)。

では、まずはシリーズ1作目から。

75 名前:「夢みる頃をすぎても」・1[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 00:53:10 ID:???
【楽園のこちらがわ】 (昭和52年・別コミ12月ごう)

猿渡基(さるわたり・もとい)は、高校3年の秋という時期になって、進学校から落ちこぼれの三流校へと
転入することになった。
体調不良で病院を受診したところ、受験のプレッシャーによる神経症(いわゆる受験ノイローゼ)と診断
され、環境を変えることを勧められたせいだった。

イヤイヤ登校し、編入されたクラスには、中学時代の同級生・筒井恭一がいて、早速中学時代に基の通称
だった「サル」が定着する。
世話好きのクラス委員・蓮黄菜子(れん・きなこ)がなにかと気にかけてくれるのと、隣の席になった
ちょっとカマっぽい感じの男子、緑川操が妙になついてくるなど、クラスの雰囲気は決して悪くないが、
「受験戦争に負けた自分」と、「そのために不本意な学校に通うことになってしまった」という事実が
かえって落ち込みとプレッシャーを増大させ、基はクラスとなじまないまま、連日深夜まで受験勉強を
続けている。

恭一は、基には気さくに接してくるが、180センチ越えの長身に加えて武道の有段者でもあり、本来なら
校則違反になるような背中までの長髪や常用しているサングラスなども、「何か言うと恐いから」という
理由で、教師陣から見て見ぬふりをされている。
普段はそんな恭一に髪を切れ校則を守れと口やかましく説教する黄菜子は、基に対しては、三流校だから
こそ、ああいう個性派が出てくるんだ、と笑って言う。そんな黄菜子に、基はだんだん好意を持つように
なってきていた。

ある日、基は古い写真を見つけ、小学生の時に一緒に遊んでいた仲間の中にちょっと気になる女の子が
いたこと(写真はその女の子を隠し撮りしたもの)、その子が黄菜子ではなかったかと思うようになる。
その相談もかねて恭一の家を訪ね、雑談がてらためいき混じりに「なんでガリ勉は嫌われるんだろうな、
オレはたいした特技もないからせめて、学歴をつけることで自分の道を有利にしたいだけなんだけど」と
ボヤいた基に、恭一はタバコをふかしつつ「おまえたちは(ヘラヘラ生きてる時には思い出したくない)
『現実』を目の前につきつける象徴だかんね」と明快に分析してみせる。

(続く)

76 名前:「夢みる頃をすぎても」・2[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 00:55:27 ID:???
恭一の分析にある程度納得しつつも、「ならばその現実で勝利を勝ち取ってやる」と相変わらず
深夜まで勉強を続けていた基は、数日後、緑川とちょっと揉めてマジギレしたもののそのまま
ぶったおれ、保健室に運び込まれるハメになる。

黄菜子に「あんまりムリするな」と諭された基は、さりげなく黄菜子は恭一を好きなのか、と尋ね、
やんわりとではあったが肯定された。

失恋はしたものの、なんとなく浮上のきっかけを掴んだ基だったが、ひょんなことから例の「女の子」が、
小さい頃、女ものの服ばかり着せられていた緑川であることがわかり、それを知っていて黙っていた
恭一に、別の意味でマジギレするのであった。

【楽園のまん中で】(昭和54年・別コミ5月号)
受験の話。
基と恭一、あともう一人クラスメートの平井が同じ大学を受けるが、結局合格したのは基だけだった。

それぞれ別の大学を受験した黄菜子と緑川も合格を果たし、とりあえず受験のプレッシャーからは解放
されて、みんなで飲んで騒いで最後はケンカ騒ぎでボロボロ、というたわいのない挿話。

このケンカシーン(通りすがりのチンピラとのゴタゴタ)で、恭一が「サイボーグ009」の加速装置の
マネをする(口元で「カチッ」と効果音、残像で分身状態)というギャグが、当時読者の間で非常に
ウケていた(作中に堂々とパロディを入れるのは、当時の少女漫画では割と珍しかった)。

77 名前:「夢みる頃をすぎても」・3[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 00:56:38 ID:???
【はるかな天使たちの群れ パート1】(昭和55年・別コミ3月号)
この話は視点が黄菜子。前二作に較べて、シリアス味が強くなっている。

大学1年めがそろそろ終るころ、浪人中の恭一(と平井)は基を講師に見立ててしばしば勉強会…と
称する集まりを開いており、黄菜子もよく食事を作りに、恭一が一人暮らしを始めたアパートに出入り
していた。

高校の頃からずっと恭一に対して好意を持ってはいるが、肝心の恭一が何を考えているのかさっぱり
わからない人間なので、今後どうしたものかと考えている折も折、食事の後片付けのために残った
黄菜子に、恭一は突然「泊まってけよ」と言い出す。
いささか強引に押し切られた感じで一夜をともに過ごし、黄菜子は非常に複雑な心境に陥ってしまった。

大学の友人・今日子に「好きな男と寝たんだからこんないいことはないじゃないの」と言われるものの、
「今までキスどころか、好きとすら言われていないのにいきなりフル・コースなんてアリ?」と。

友人との雑談という形で、男と女の関係を、天使の羽や風船などになぞらえた話がぽつぽつとはさまれる。
「男は羽を持って空を飛んでいるのを、女は手元に引き寄せたがっている」「羽を持って飛んでいるのは
女の方で、男に恋した時にその羽は失われる」「いろんな手に負えない感情が詰まっている風船のような
ものが重くなると、女は飛べなくなる」

一歩踏み込んだ関係になってしまったため、かえって恭一が何を考えているのかわからないことが怖く
なり、情緒不安定ぎみの黄菜子を見ていた今日子は、恭一に「女の子には口で言わないとわからないこと
もあるから」と助言する。今日子は、「黄菜子はわたしが『こうありたい』と思っていた女の子そのもの
なの」と言い、「彼女が幸せになることを応援している」と二人にエールを送る。

恭一がいきなり行動に出たのは、「そういうことを口にするのがテレくさくて」ゆえだったことも判明し、
とりあえず黄菜子との間には相互理解が成立した模様。

78 名前:「夢みる頃をすぎても」・4[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 00:58:45 ID:???
【はるかな天使たちの群れ パート2】(昭和55年・別コミ4月号)
「パート1」から直接続く話、こちらは基視点。

「楽園のこちらがわ」からすでに2年が経過しているが、基自身の黄菜子に対する片思いは、今だに続いて
いた。本人は秘めた恋のつもりだが、当人たちはともかくハタから見るとバレバレの状態で、緑川や平井
たちもまた、彼らなりに心配をしている。

再び大学受験のシーズンが訪れ、試験のあとの慰労会で仲良くしている恭一と黄菜子を見ることに耐え
られなくなった基は、口実を作り、早々にみんなと別行動を取る。かといってアテもなく、ぶらりと映画
館に入ると、後ろから黄菜子の友だちだという今日子がついてきていた。
成り行きで二人で映画を見ることになったが、よく確認せずに入ったそこはポルノ映画館だった。焦ったり
困ったりしているうちに、基は不覚にも居眠りをしてしまい、目覚めるとずっと隣にいたらしい今日子は
にっこり笑って「今日はありがとう」と言って立ち去った。

後日、そのことを偶然知った恭一から「おまえらお似合いだよ、いっそくっついちゃえよ」と言われ、基の
中でずっともやもやしていた感情の堤防が決壊した。

「何も言わない、一発だけ殴らせろ」と思いつめた顔で言う基に、(ようやく)事情を察した恭一は、黙って
やりたいようにさせる。
だが結局、基は恭一の頬に拳を当てただけで、「彼女を大切にしろよ」と言い捨てて去った。

その前に、再び今日子が現れた。
降り出した雨でずぶぬれの基を自分のアパートに連れて行った今日子は、基の服を乾かしながら「あたしも
あの時、あの場所にいたくなかったの」と話した。
「自分は黄菜子が好きで、黄菜子の幸せを喜んでいたはずなのに、あの二人が仲良く一緒にいるところを
見ているのが辛かった」と。

「親友の恋人を好きになってしまったら、君ならどうする」と尋ねる基に、「あたしなら何も言わない。
どっちに何を言っても、心に波紋を投げかけてしまうから」と答える今日子。「どうやったら、自分の
哀しみをそんな優しさに変えることができるんだろうな」とつぶやいて、ふと今日子の背中に天使の羽の
幻影を見る基だった。
(続く)

79 名前:「夢みる頃をすぎても」・6[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 01:00:27 ID:???
合格発表の日。
自分の名前を見つけ出し、喜んでいる恭一と黄菜子(平井も合格していた)。
「これからもよろしくな」と二人に言った基は、すぐそばにいた今日子がこっそり涙を拭いているのを見て、
「もしかしたら彼女が好きだったのは恭一の方だったのかも知れない」と思い至るのだった。
ともあれ、彼らの付き合いはこの先も続いていきそうな気配である。

【夢みる頃をすぎても】(昭和57年・プチフラワー1月号)
登場人物は黄菜子、今日子、あと同じ大学で、黄菜子とは中学の時に同級だった空子(うつこ)。
ストーリー的には、休日に仲良しの女の子三人が街をブラブラして一日過ごす、という感じ。
高校生にナンパされて今日子・空子が「16歳!」と声を合わせ、黄菜子が内心で「5つもサバよみおって」と
ツッコミを入れているので、大学3年の年の話と思われる。

空子は男をとっかえひっかえしているタイプのちょっと派手な女子大生で、つい先日も男と別れたばかり。
ナンパされた高校生たちにお茶だけおごらせてバッくれたり、道行く男たちを品定めしつつ、三人が
たどり着いたのは居酒屋。黄菜子と空子の中学時代の同窓会の会場だったので、遠慮して帰ろうとした
今日子を黄菜子が引き止める。

黄菜子が初恋の男子と再会したり、空子が先日別れた男がやはり元・同級生の男子だったことが判明したり
したあげく、悪酔いしてツブれかかった空子を店から連れ出すハメになり、今日子は「このために連れて
こられたのか」と納得。

「初恋の彼ともっと話さなくていいの」と尋ねる今日子に、「あの頃は声もかけられなかったのに、今は
普通に話せる。もう制服を着てないからかも知れないな」と答える黄菜子。
(続く)

80 名前:「夢みる頃をすぎても」・7[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 01:05:24 ID:???
少し落ち着いた空子は、「前の男の顔を見たら悪酔いした。…新しい彼女ができたんだって」と言い、
落ち込んでなんかいない、と意地を張る。そんな空子に、今日子は「でもあたし、そういう悩みが
ちょっとうらやましい。まだ処女だもん」と言う。驚く黄菜子と空子に、「なんか相手がビビっちゃうのよ」と
説明し、二人は妙に納得する。

だが、空子が「実はあたしもまだなの」と告白したために、今度は黄菜子と今日子が驚く。
熱しやすく冷めやすい性格のせいで、本気で付き合うところまでいく前にダメになると言う空子。
そうこうするうちに、黄菜子にお鉢が回ってきて、初めて恭一のところに泊まったときのことを話せ、と
迫られる。

「…かわいこぶりっこ三種の神器、"ウッソォ−−−""ホントォ−−−−""ヤーダァ−"って感じだった」と
ごまかしたものの、「そのあと寝つかれなくて彼の顔を見ていたら、ずっと前から知っていたはずの彼の
顔が全然違ったふうに見えてきて、私は今まで彼の何を見ていたんだろう、と泣けてきた」という黄菜子
の言葉に、「いいなあ」と聞き入る今日子と空子。

その後雪が降る中、黄菜子は迎えにきた恭一と一緒に去り(高校時代のメンツとはいまだに仲がいいよう
だ)、あらためて「いいなあ」と見送る今日子と空子。

「まあ、まだまだこれからだもんね、あたしたち」と、なんだかんだですでに新しい男を確保していた空子が
電話で「車で迎えにきて」とねだり、待っている間にこんどは大学生らしき二人組にナンパされて、「18歳!」と
声を合わせる二人だった。

そんなシーンにかぶさるように、
 「ガラスの靴を履いたシンデレラは いつか12時の鐘が鳴ったら 夢から覚めて階段を駆け下りて
 いかなければならない だからせめて、今(ガラスの靴を履いている間)だけは軽やかに踊りましょう」
という、モノローグともポエムともつかない文章が流れておしまい。

81 名前:「夢みる頃をすぎても」・8[sage] 投稿日:2007/01/02(火) 01:09:45 ID:???

一編ずつは4〜50ページ程度の短編なのですが、書き出していくとけっこうな長さに
なってしまいました。

女同士で、(喫茶店などで)ここまで突っ込んだH絡みの話をするかという疑問もありますが、
まあ親しい同士ならアリなのかなあと。

作者はこの恭一・黄菜子のカップルがお気に入りなのか、後の連作長編「河よりも長くゆるやかに」に、数
コマだけチラリと登場しています。
主人公カップル(高校生)とすれ違って、「わあかわいい、あたしたちもあんな頃があったのよねー」と
言った黄菜子の耳に届いた、その「かわいい二人」の会話は、「48種類あるアレの体位の話」で、呆然と
しつつ「…ラブホ行くか」「うん」というオチがついてましたが。