時じくの香の木の実/山岸凉子
5 名前:時じくの香の木の実(1/3)[sage] 投稿日:2005/03/25(金) 15:50:18 ID:???
巫女(ふじょ)の予言の力で、権力と繁栄を築いて来た一族がいた。
そして、その一族の次の巫女となるべき姉妹が、8歳を迎えようとしている。
妹が8歳となった翌日、姉妹の大伯母が姉妹達に、干し果のような物を手渡す。
それを食べたとき姉妹のどちらかが、永遠に歳をとらない者になるのだそうだ。
姉妹が果実を口に含むと、体中に物凄い激痛が走り姉妹は意識を失う。
どれくらい意識を失っていたのか…先に目を覚ましたのは妹。
姉のほうは体が青紫に醜く膨れ、息絶えようとしている。
この姉の姿を見た妹は、姉の死と自分が一族の頂点である巫女になった事実を確信したのだった。
妹は姉の死を悲しまなかった。妾腹の娘なのに一族として扱われる姉を軽蔑してたからだ。

その後、妹は大伯母の屋敷で奉られる。そして酒や魚など様々な物が奉納された。
妹は酒や魚は大嫌いだったが、大好きな長兄が持って来た朱鷺色の反物で仕立てた着物がとても気に入った。
ある日、奉納物と一緒に手紙が差し出される。内容は父親の仕事の事らしいが子供の彼女にはわからない。
しかしその時、頭の中に世の理が見え彼女に予言を告げさせる…これが巫女になったと言う事だろうか。
予言を誰かに伝えようと屋敷で人を捜しまわったが誰もいない。代わりに一番会いたくない人間に出会った。
死んだと思っていた姉である。死なずに回復し生きていたのだ。
姉が生きていた事実は妹に苛立ちと不安をもたらした。無事である姉も巫女なのかもしれない、と。

6 名前:時じくの香の木の実(2/3)[sage] 投稿日:2005/03/25(金) 15:52:12 ID:???
数年経ち、その答えがわかった。時間が経つにつれ姉は歳をとり成長するが、妹は8歳の時のままである。
伝承では真の巫女(ふじょ)は不老不死を与えられるという。つまり妹が巫女なのだ。
勝利を知った彼女は巫女として予言を続け、一族の権力と地位を更に強大な物にしていった。

年を取り、少女から女として成長していく姉は、体から禍々しい血の匂いを発する事があった。
一月に一度起こるそれは、妹の気分をひどく不快にさせた。
それと同時に、姉と違って年を取らずに穢らわしい女の体になる事もない事実は、妹に優越感をもたらした。
そう、長兄がくれた市松人形の様に愛らしく…。

ある夜、手足が痺れるような不安感が妹を襲う。
何があったのかと襖を開けて外へ出ると、なんと母屋へ続く廊下の木が腐り落ちているではないか。
震える足で廊下を渡り、恐慌状態で屋敷を駆けめぐり辿り着いた部屋にはとても醜い姿をした女がいた。
布団の上で体をまさぐり自分で自分を慰めている醜怪な姉の姿が…。

その後も姉が自分の体を慰める度に、妹の体に手足の痺れが襲い、母屋への廊下が腐る現象が起こった。
姉を屋敷から追い出さねば…そう考えている矢先に彼女はそれを見る。
姉と大好きな長兄が、血の繋がった身でありながらおぞましくも情交していたのだ。
妹は嫉妬と怒りに身を任せ二人を引き離そうと割り込んだが、二人は彼女に気付かず行為を続けていく。
ここで彼女は理解した。自分には肉体がないと言う事実を。

7 名前:時じくの香の木の実(3/3)[sage] 投稿日:2005/03/25(金) 15:52:54 ID:???
あのとき果実を口にして死んだのは妹のほうだった。そして彼女に与えられた不老不死とは、
この世での年を取らず、あの世へも旅立ちもしないと言う意味での不老不死だったのだ。
また一族にとっての巫女とは、稀れ人(神)となった妹と一族を繋ぐ役割を持つ姉のほうだったのだ。
しかし姉は神である妹の予言を伝える存在でしかない。だがなぜか姉に対する敗北感が妹を襲った。

やがて姉は長兄との子を産む。常処女(とこおとめ)たる巫女の資格を失った姉は一族から追放され
姉の子供だけが一族に引き取られた。
長兄と姉の子は男でも女でもなく、そして女であり男でもある両性具有の子供だった。
一族はこの子供を次の一族の頂点となるべき存在として決定する。
妹は姉の子が8歳になりあの果実を口にする日が来たら、
姉の子と一族に世界を掌握する程の権力を与える事を決意する。
それが、長兄の子を産んだ姉にはっきりと勝つ事に思えたからだ。

決意した彼女は人形を抱えながら言う。
『永遠に8歳のまま成長する事もなければ衰える事もない私を、誰かが不安に思っているようですが
 バカにしないで。私の分別まで8歳と言うわけではないのだから』
しかし、その台詞を言う彼女の背景に描かれているのは核爆発のキノコ雲。
本当に、彼女に任せて大丈夫なのだろうか…と言う不安感を読者に与えて、物語は終了。