なんて素敵にジャパネスク/原作:氷室冴子 漫画:山内直実
166 名前:なんて素敵にジャパネスク[sage] 投稿日:2005/08/10(水) 20:12:25 ID:???
時は平安。今をときめく名門大納言家の瑠璃姫は、年の頃十六と結婚適齢期。
にも関わらず、当の瑠璃姫は届けられる文にもろくに返事もしないので求婚の話も一つ減り、二つ減り。
よもや大納言家の姫は身体に欠陥でもあるのかと噂される始末だ。
このままでは婿も取れん、と瑠璃の父は頭を抱えるばかり。
毎日のように瑠璃の部屋にやって来てはやれ結婚を考えろ、婿を取れ、と小言を言ってしまう。
当の瑠璃も毎日の事にうんざりとしながらも、ついつい売り言葉に買い言葉で叫んでしまうのだった。
「あたしは一生独身で通すんだからーーーっ!」
だが瑠璃が結婚しない、と言い張るにも理由があった。
世の男達ときたら何人もの妻を抱えて平気な顔。
瑠璃の父だってそうだ。瑠璃の母が亡くなって一年も経たずに今の母を邸に連れてきた。
その母だって、父の女遊びは悩みの種だ。男なんてみんな浮気者。
そう非難する瑠璃に、弟の融(とおる)がおずおずと言った。
「でも姉さん、父上の遊び好きと言ったって、世間じゃ普通の話だよ」
「融!! あんたまでそんな事言うなんて姉さん思っても見なかったわっ!」
手元にあったものを投げつけ弟を黙らせると、瑠璃はこう言って嘆いた。
「やっぱり男なんて女を人間として見てないんだわ。きっと吉野君のような人はもういないのよ!」
吉野君(よしののきみ)、というのは瑠璃の初恋の男の子だ。
その昔、瑠璃は病で伏せた母の代わりに、母の実家の吉野で祖母に十の年まで育てられていた。
そこで出会ったのが吉野君だった。とても綺麗な顔をした、優しい男の子で瑠璃と吉野君は
毎日のように、花摘み駆けっこかくれんぼ、と一日中一緒に遊んでいた。
祖母の話では彼はさる高貴な方のご落胤という事らしく、母の身分が低く認知もされないため
この、吉野の里に逃れてきたという事だった。吉野君自身も、父の名に関わるので
自分の名前は明かせない、と言っていたため、瑠璃は今でも彼の本名を知らない。

167 名前:なんて素敵にジャパネスク[sage] 投稿日:2005/08/10(水) 20:13:58 ID:???
だがある日、彼は瑠璃にこう言ったのだ。
「瑠璃姫……。やがてわたしが父上に認められ、都に呼ばれ官位を授かったら
お迎えに行ってもいいですか?」
幼い瑠璃は良くわからないながらも、なんだかとても嬉しくて笑顔でうなずいた。
「では……あの、お約束に接吻を……しても…」
真っ赤になりながらそう言った吉野君の言葉に幼い瑠璃はうんいいよ、とにこにこ笑って手を差し出した。
接吻の意味がわからなかったのだ。だがそんな瑠璃に吉野君は微笑み、足もとにあった
菫の花を摘んでそれを彼女に差し出したのだった。
(ああっ!なんて純情可憐な初恋の日々よ!)
瑠璃はしばらく美しい思い出に浸っていたが、それが長くは続かなかった事も思い出してしまった。
幼い瑠璃の元に、京の都で母が亡くなったとの知らせが届いた。瑠璃の祖母は心痛のあまり
今度は自分が寝付いてしまった。そして心細がり瑠璃を片時も傍から離さない。
瑠璃が何とか暇を見つけて吉野君に会いに行ってみれば、なんと彼はその前日に流行病で亡くなったという。
傷心さめやらぬ二月後、今度は祖母までもが帰らぬ人となったのだった。
そして泣く泣く京の都に帰ってきた瑠璃を迎えたのは。
「新しい母上だよ、瑠璃」
「よろしくね、瑠璃さん」
(か、母さまが亡くなって一年も経ってないのに!? ああ、人間てなんてムナシイ……)
男なんて薄情でアテにならぬもの。こんな思いをするくらいなら一生結婚なんてしない!
幼い瑠璃はそう心に誓った。彼女はわずか十歳にして人生を悟ってしまったのだった。
だが彼女の悟りをよそに、父は瑠璃をなんとか結婚させようと躍起になっていた。
そんな折、瑠璃の父が主催する管弦の宴が大納言邸で開かれた。出る事をしぶっていた
瑠璃だったが父にむりやり引っ張り出され、十二単の正装で宴の席についていた。
その宴の席では、妙に瑠璃に話し掛けてくる権少将(ごんのしょうしょう)という男がいた。
話を聞いてみればなんと、その男は以前吉野へと権少将の父と共に、母の違う弟に会いに行った事があるという。
瑠璃の父も、権少将の愛人がその息子と共に、行く末を悲観して吉野に移り住んでいたという話があったと言っている。
(じゃあ、この権少将って吉野君の兄上!?)

168 名前:なんて素敵にジャパネスク[sage] 投稿日:2005/08/10(水) 20:16:48 ID:???
瑠璃はがぜん彼に興味を持ち始めた。そして少しこの事を良く考えようと、部屋に戻るため宴の席を後にした。
「あれ瑠璃さん、宴の途中なのにもう退がるの?」
瑠璃と弟の融、二人の共通の幼なじみ、高彬(たかあきら)が部屋へ渡る途中の瑠璃に、
そう声をかけた。彼もまた早々に宴の席を後にしていたのだ。
その高彬に興奮気味に吉野君の兄かもしれない男の事を話す瑠璃。だが高彬の反応は薄い。
よくよく高彬に聞けば権少将の父というのは評判の愛妻家で、多分権少将と吉野君はなんのつながりも
ないだろうと彼は言った。おまけにこの宴自体が瑠璃の見合いを兼ねており、大方瑠璃の父と
権少将とで口裏あわせをしているのだろうという事だった。知らぬは本人ばかりなり。
怒る瑠璃だったが、でも年頃の子供を持つ親なんてそんなものだよ、と高彬は瑠璃に言う。
彼もまた祖母に強く兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)の二の姫との縁談を勧められていたのだった。
兵部卿宮の二の姫といえば美人の聞こえ高い才媛。
瑠璃より一つ年下で、小さい頃はぴーぴー泣いては鼻をたらしていた高彬がそんな才媛と
結婚するなどとは、と驚く瑠璃。思わずその驚きで一瞬忘れていたが、瑠璃はそうだと思い出す。
今日の宴での出来事の真偽を父に確かめなければ気がすまない。
そう思って父の部屋に向かった瑠璃だったが、部屋の中では母が父に、そんな無体な、と
訴えている声が聞こえた。何かと思えば瑠璃の父は瑠璃が権少将に興味を持った今のうちに、
権少将との間に既成事実を作ってしまえばいいという計画を立てていたのだった。
そうすれば瑠璃も、もうじたばたしないで結婚するだろうと、権少将に瑠璃の部屋まで教え、
その部屋付きの女房達も下がらせていたのだった。
(どこの世界に娘の夜這いをお膳立てする親がいるってゆーの!?)
瑠璃はがっくり肩を落としながらも、とりあえず弟の融の部屋に逃げ込んで対策を考える事にした。
だが、不運にもその途中でばったりと権少将に出会ってしまう。出会い頭に彼は瑠璃を口説き始め、空き部屋へ
連れ込もうとする。瑠璃は彼を殴り飛ばして弟の部屋に駆け込むと、必死に助けを求めた。
「融! 助けてっ、姉さんの貞操の危機なの!」
「瑠璃さん?」
そう返事をしたのは融ではなく、幼なじみの高彬だった。

180 名前:なんて素敵にジャパネスク[sage] 投稿日:2005/08/11(木) 17:06:36 ID:???
なんでこんな所に、という瑠璃の問いに彼は答えた。
「酒の匂いに酔ったので休んでいたんだよ。おまけに瑠璃さんの見合いの席にいたって面白くもないし」
憮然とする高彬の様子を不思議に思いながらも瑠璃は高彬でも良い、このままでは権少将と既成事実を
作らされてしまう、助けてくれ、と必死に頼んだ。
高彬は大内裏(だいだいり)を守る衛門佐(えもんのすけ)。腕は確かだ。
「だけど大納言さまを敵にまわしてまで瑠璃さんを助ける義理はないし……」
「高彬ーーーっ! 小さい頃色々面倒みてあげたじゃないっ、忘れちゃったの!?」
「忘れてるのは瑠璃さんの方じゃないか」
良く分からない事を口にする高彬。すると二人の声を聞きつけたのか権少将が部屋にやって来た。
「瑠璃姫、こんな所で衛門佐と一緒とはどういう事か。あなたは私の妻となる身ですよ」
(誰が妻だ誰がーーっ!)
心の中でそう叫びながら高彬の背中に隠れる瑠璃。するとぶちぶち言っていたはずの高彬が権少将の前に進み出てくれた。
「妙な事を言われます権少将殿。わたくしと瑠璃姫は行く末を固く契った
振り分け髪の頃からの筒井筒の仲ですよ」
ええっ、と瑠璃は驚く。筒井筒とは幼なじみの事。伊勢物語に詠まれている、
幼なじみの恋人同士の歌から使われている言葉だ。
高彬と幼なじみなのは確かだが、筒井筒、と誓い合った覚えなどない。
権少将も、瑠璃姫の筒井筒の君は吉野で会った子供だろうと言ってふふん、と笑う。
「その吉野君を亡くされて悲しんでいた姫をお慰めしたのがわたくしです。
その時に誓い合ったのです」
そう高彬は言い張る。そして瑠璃も一緒になって叫んだ。
「そうよっ、あたしと高彬はぶっちぎりの仲なんだから!!」
権少将は思わず鼻白んで呟いた。すでに通う男がいるのに結婚の話をすすめるとは
大納言も恥知らずな、と。だが、高彬は恥知らずはお互い様、と前置きして彼の醜聞を指摘する。
思わず黙り込みやり込められてしまった権少将。

181 名前:なんて素敵にジャパネスク_5[sage] 投稿日:2005/08/11(木) 17:07:47 ID:???
捨て台詞を吐きながら立ち去る権少将の背中を見送って瑠璃は高彬に言った。
「助かったわ高彬。あんたが筒井筒なんて機転利かせてくれて」
「……なんだ、思い出したわけじゃないんだ。いいんだ、どうせ昔の約束だし」
高彬はまたもそんな事を口にした。約束? 瑠璃は昔に思いをはせてやっと思い出した。
京の都に戻ってしばらくの頃、吉野君も祖母も亡くし、瑠璃は毎日泣いていた。
そんな瑠璃に幼い高彬が言ったのだ。
「どうしたの? 泣かないでよ瑠璃さん。寂しくないよ、ぼくがいつも一緒にいるよ」
「ほんと? お約束よ、ずっと一緒よ。瑠璃を残して死んだりしないでね」
「うん、約束するよ」
(約束――)
瑠璃はころっと忘れていた。そーいやそんな事があったわねー、と冷や汗をかきながら言う瑠璃。
「ころっと、ね……」
高彬はぶすっとしながら言う。高彬はずっとその約束を覚えていて大事にしていたのだ。
浮気者は嫌だと瑠璃がいうから、兵部卿宮の二の姫との縁談もすぐ断ったのだと言う。
それを聞いて瑠璃は考えた。今回は高彬が助けてくれたが父が諦めない限り第二、第三の権少将を
けしかけてこないとも限らない。そんな奴等に比べれば高彬はずっとマシ。
何より高彬は自分だけ、と言ってくれる。真面目だし浮気しなさそうだし……。
そう改めて高彬の事を考え始めると何だか瑠璃はどきどきし始めてしまった。
「じゃあ瑠璃さん、ぼくとの事考えてくれるの?」
「う、うん……。考えておくわ」
ほんと!? と高彬は喜ぶと瑠璃に約束するなら手を出して、と言った。
理由もわからず出した瑠璃の手に、高彬は突然そっと口付けた。
「!! た、た、た、高彬!?」
仰天する瑠璃に高彬はにっこり笑いながらこう言った。
「約束だよ、瑠璃さん」
「男ってのはこれだから油断も隙も……」
瑠璃はそう言いながらも、何となく顔がほころんできてしまうのを抑える事ができなかった。


228 名前:ジャパネスク投下者[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:32:32 ID:???
瑠璃の父、大納言の大臣(おとど)は結婚しない!と言い張る娘が悩みの種だったが
突然その瑠璃が高彬と結婚する、と言い出したので大喜びだった。
なまじ幼い頃から知っていたため思い及ばなかったが、高彬といえば
性格は温厚で真面目。おまけに右大臣家の四男と、将来性はばっちりの出世頭。
これ以上ない良縁よ、と瑠璃の父は高彬が邸に来ると婿も同然と下にも置かない扱いで歓迎していた。
その高彬の方も、瑠璃の弟、融にかこつけてはちょくちょく
大納言家を訪れては瑠璃に会いにきていたのだった。
だがその高彬が十日前を境にぱったりと来なくなってしまった。おまけに使いの者も、文もなし。
瑠璃の父は、喧嘩でもしたならお前のほうから頭を下げて高彬殿に来てもらえ、と説教の嵐。
いい加減、瑠璃がうんざりし始めた頃突然高彬が邸にやって来た。
それまで高彬が来ないなら来ないでいい!などと言い張っていた瑠璃だったが高彬が
来るとなると態度を一変、うきうきと用意し始めた。だが、何だか様子がおかしい。
瑠璃の腹心の女房、小萩(こはぎ)が言うには高彬は急ぎの相談があるという事で瑠璃の父を
訪ねたという事だった。結婚の申し込みかと瑠璃と小萩は首を傾げるが、瑠璃は高彬から
事前に求婚の歌どころか文すらもらっていない。おまけに小萩が言うには高彬は
青ざめた顔でまずいことになった、ともらしていたそうだった。
そして瑠璃の部屋に瑠璃の父に融、それに高彬がやって来た。すると瑠璃の父は
瑠璃に向かうと、厳しい顔をしながら心を落ち着けて聞け、と前置きして言った。
「今夜、高彬殿と一夜を共にしてもらいたい」
一夜? 瑠璃は思わず目を点にする。段々とその意味が飲み込めてきて瑠璃は叫んだ。
「あたしに高彬と初夜を迎えろってえーーーーっ!?」
高彬は真っ赤になってうつむいている。なんて事を言いに来たんだこいつは、と
瑠璃は怒るが、高彬側の事情を聞いてなお怒りは増した。
なんと高彬が縁談を断ったという、兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)の二の姫へ高彬の名前で
文や歌が贈られていたのだという。身に覚えのないその内容に両親を問い詰めたところ、
高彬の祖母の大尼君が兵部卿宮の二の姫を大層気に入っており、孫息子と二の姫を
是非結婚させんと企んでいたのだという事が分かった。

229 名前:なんて素敵にジャパネスク_7[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:34:13 ID:???
だがそうするうちに祖母が病に倒れ、加持だ祈祷だと大騒ぎで外出できなくなってしまった。
そして病の床で祖母は高彬に涙ながらに、自分を安心させるため早く身を固めてくれ、と言ったのだという。
高彬は進退窮まって、急いで日を選び大納言家に来たのだった。
この平安の世では、結婚するならば男は女の元に三日続けて通わねばならない。そして二人で
三日夜の餅を食べ、露顕(ところあらわし)の儀をすることで晴れて夫婦と世間に認められるのだ。
とにもかくにも三日通わねばならないため、日の吉凶などを調べた結果最初の一夜を
今日にするしかなかったのだ。そうしなければ日がずい分空いてしまい、その間にも
高彬の立場はどんどん難しいものになる。渋る瑠璃に父は言った。
「いいか世の中やったもの勝ちなのだ!」
今夜高彬と結ばれた後、露顕で二人の仲を公表してしまえば、いくら右大臣家の大尼君でも
大納言家の総領娘を押しのけてまで二の姫との縁談を進める事はできない。
今夜高彬と既成事実を作って結婚するか、高彬が二の姫と結婚するのを黙ってみているか。
選べるのは二つに一つなのだ。
そうまで言われてしまえば、瑠璃としてもいきなりなんて嫌だと言い張るのも諦めるしかなかった。
ぼんやりと用意が整っていくのを眺めていたが、ふと高彬がそんな瑠璃に声をかける。
「急な事で……ほんとに悪かったと思ってる」
その言葉に瑠璃は思う。いまさら、遅いわよ。本来は結婚が決まるとその娘のために日、一日と
新しい調度類が部屋に揃っていくのだ。それを見ながら、ああ自分は結婚するのだと実感していくだ……。
なのに自分は……、と瑠璃は突然自分がみじめに思えて耐え切れずに泣き伏す。
その泣き声に驚いて高彬が瑠璃の所に飛んできた。その高彬に瑠璃は訴える。
「あんまりあたしがみじめだから泣いてるんじゃない……。 あたしは求婚の歌どころか文さえもらってない。
それだけならまだしも新婚のための調度類だって何一つないのよ!
こんな使い古した髪箱で初夜を迎える姫なんて都中探したってあたしだけよーーーーっ!」

230 名前:なんて素敵にジャパネスク_8[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:35:42 ID:???
そう言って泣いていた瑠璃だったが女房の小萩もいなくなり、いざ高彬と二人きりにされて
思わず動揺する。お互いに緊張しまくっていたが、ふとした事から後朝の歌(きぬぎぬのうた)の
事で言い争いになり、瑠璃はうっかり吉野君の名を引き合いに出してしまう。
吉野君の名に高彬は、新婚初夜に妻になる人の口から他の男の名が出るなんて、しかもそれが
死んだ子供の名だなんて、と不快感をあらわにする。だが瑠璃の方も今さら後には引けず
この結婚を考え直すなら今のうちだ、と言ってしまう。
「あたしも年下との結婚なんて考え直した方が……」
するとその言葉に高彬は今まで見たこともないような怖い顔をして言った。
「あなたは何かというと子供っぽい子供っぽいと言うけれどやめてくれないか。不愉快だ……!」
そんな二人の所に小萩が慌てた様子でやって来て声をかけた。
なんと高彬の祖母が亡くなってしまったのだという。
身内の死があったからには高彬は喪に服し、五ヶ月は身を慎まなければならないのだ。
当然夜歩きなどもってのほか。瑠璃の部屋から出て行きながら高彬は言う。
あなたの言うとおり色々考え直してみるべきかもしれないね、と。
次の日の朝、瑠璃が今だ高彬とは結ばれていなかった事を知って、瑠璃の父は愕然とした。
高彬がこの邸に来られるのは五ヵ月後。その時には年も明けて瑠璃は十七。
「十七で婿が決まらぬ姫が一体どこにいるというのだ!!」
父の言葉にぐったりとしながらも瑠璃は、よくよく思い返せば自分も悪かったと反省していた。
そしてその時は、年が明けたらきっとまた高彬は来てくれるはずだ、と瑠璃はそう思っていた。
だがしばらくして瑠璃は、弟の融から思いがけない言葉を聞くのだった。
「なんですって!? 高彬が二の姫と結婚ーーーーーっ!?」
あくまで噂だとは言いながら融は聞いた話を姉に伝える。先だって亡くなった
高彬の祖母は遺言で、高彬に二の姫と結婚するよう言い残したのだという。
兵部卿宮でも元々乗り気の縁談であったために、早々に話をまとめるのだという。
どういう事なのか、瑠璃にはさっぱりだ。おまけに服喪中という事で高彬からは
文の一つも届かない。だがお祖母ちゃん子だった高彬が遺言でそんな事を言い残されたと
知ったら情にほだされて二の姫と結婚するという事は充分にあり得る。

231 名前:なんて素敵にジャパネスク_9[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:37:56 ID:???
ショックを受ける瑠璃だったが、なんとその噂は女房の小萩も早々に知っていたのだという。
ただ、不確かな情報で女主人を不安にさせるわけにもいかず黙っていたが、遂に証拠を掴んだと
一通の文を差し出した。それはなんと高彬が二の姫にあてた文だった。
大尼君が死去した日から二人は頻繁に文のやり取りをしており、近々高彬が祖母の遺品を届けに二の姫を
訪ねるという計画もあるのだという。しかもその文には、『耐え忍んでいてもあなたへの熱い想いに
身を焦がす、私の気持ちをご存知ですか』という恋の歌が書かれている。服喪中にも関わらず
何度もこんな手紙を差し上げるのは不謹慎だと思うが気が急いてしまい、と但し書きまで書いてある。
(なぁーにが、『私の気持ちをご存知ですか』よ、下手くそな字のくせして!!)
むかむかしながら瑠璃は文を読み進める。自分には一通も文をよこさぬくせして二の姫には
こんな熱烈な恋文を送っていたのだ。遂に瑠璃の怒りは頂点まで達した。
「尼になってやる!」
瑠璃は叫んだ。男なんてやっぱりどうしようもないもの。尼になって吉野君の初恋を胸に
生涯を終えてやる。結婚したいなんて二度と思うものか。
だがその前に、高彬に一泡ふかせてやらなければ気がすまない。
(あたしが受けた屈辱、倍にしてつっ返してやる!!)
高彬が二の姫を私的に訪ねるという話を聞きつけ瑠璃は、小萩の必死の説得も聞かず
網代車(あじろぐるま)に乗り込んで、兵部卿宮邸へと向かう。邸の中、瑠璃が見つけた
二の姫の部屋で、楽しそうに話している高彬と二の姫。そして二の姫がこう言った。
「わたくし、高彬さまからの文を毎日心待ちにしておりますのよ。これだけまめまめしく文を
お書きになる殿方なんて都中に二人といませんわ。女性なら、皆心動かされてしまいましてよ。
せいぜいお書きあそばして」
「……そうでしょうか」
そう言いながら照れる高彬の姿を見て、瑠璃はついかっと頭に血がのぼり、
二の姫の部屋の戸をがらっと開いた。慌てて振り向いた高彬の瞳が驚愕に見開かれる。

232 名前:なんて素敵にジャパネスク_10[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:40:32 ID:???
「る、瑠璃さん!? ど、どうして……ここに……」
「どうしてですって!? あたしと結婚の約束をしておきながら
二股かけた高彬に思い知らせてやるためよ!」
そう言って瑠璃は懐刀で自らの髪を切り落とそうとする。慌ててそれを止める高彬。
「何てことしたんだ瑠璃さん! 二の姫に失礼だとは思わないの?」
「お、思わないわよ! みんな…高彬が悪いくせに!」
わーっと泣き出した瑠璃だったが、その騒ぎを聞きつけ兵部卿宮邸の女房たちが駆けつけてくる。
焦る高彬と瑠璃だったが、二の姫が瑠璃を自分の御簾(みす)の中に招きいれて隠し、
女房たちもごまかしてくれた。
瑠璃は招き入れられた御簾の中で二の姫の顔をまじまじと見る。
見れば見るほど可憐で気品ある姫だった。
噂通りの美しさに加えて姫は優しく機転が利く女性だった。
これは完敗だ、高彬を諦めるしかないかも、と思う瑠璃。
だが二の姫は瑠璃を見て高彬に言った。
せっかく瑠璃姫がいるのだから勉強の成果を見て頂いたら、と。
なんと二の姫と高彬の間柄は、歌の師弟の関係だったのだ。
二の姫から高彬の元に大尼君の葬儀の後、お悔やみの文が届いた。
その返事の中、瑠璃の事を文で『自分の恋人は気難し屋で、良い歌ができるまで
結婚してくれそうにない』と書いた事から二人の師弟関係は始まったのだった。

233 名前:なんて素敵にジャパネスク_11[sage] 投稿日:2005/08/17(水) 15:41:22 ID:???

瑠璃のために歌が上手くなりたい、という高彬に対して二の姫は毎日一首高彬に
歌を書かせて、それを添削するというやり取りを繰り返していたのだ。
何もかも全て自分の勘違いだったと分かり、顔から火が出そうな瑠璃。
二の姫は瑠璃と高彬の仲を笑顔で祝福してくれた。
そして帰りの牛車の中で、高彬は瑠璃に説明していた。
「だからさあ、その……。気丈な瑠璃さんが歌も、もらえないなんて
あんまりだって泣くから。これはよほど歌が欲しかったんだろうと反省してさ」
色々考え、歌の素晴らしさでは定評のある二の姫に指導を受けていたのだ。
そして多少の意地もあり、歌が上手くなるまで瑠璃には手紙も書かないと決めていたのだった。
高彬は瑠璃との事を真面目に考えてくれていた。何となく良い雰囲気になる二人。
瑠璃はそこで高彬に一つ歌をねだった。勢い込んで詠んだその歌は、それ程上手くはなかった。
まあこんなものか、と思う瑠璃は、二の姫に色々教えてもらいなさいね、とだけ伝える。
ほめて欲しかった高彬としては最近じゃ一番よく出来た歌だと思うんだけど……、と
気落ちしてしまう。
「……そうねぇ、男性的といえばいえなくもない歌よね」
気落ちした高彬を見て、瑠璃が改めてそう指摘すると、高彬はぱあっと顔を輝かせた。
少しは上達したでしょう、と得意げだ。
思わず瑠璃はくすっと笑ってしまったがそれと同時に、なんか年下も悪くないなぁ、
などと思い始めていた。


256 名前:なんて素敵にジャパネスク_12[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:07:53 ID:???
いよいよ瑠璃にその日がやって来た。あまりに浮かれている瑠璃を、思わず女房の小萩がたしなめる。
右大臣家の大尼君の喪が明けてからは、高彬も瑠璃に律儀に文をよこしてきており、
文才も歌才も無いながら、兵部卿宮の二の姫に指導を受けて必死に歌を考えては贈ってきていた。
瑠璃としてもその気持ちが嬉しくてしっかり今までの文は取ってある。
また、調度類も今度は新婚のための、新品のものが一揃えされて瑠璃としても上機嫌で
その日を迎えられるというものだった。
(ああ、新たに広がる人妻の日々……!)
なーんちゃって、などと瑠璃はうきうきと高彬の訪れを待っていた。そしてその高彬がついに
瑠璃の元を訪ねてくる。新年も迎え一つ年をとったせいか、瑠璃の目には高彬は妙に凛々しく見えた。
雰囲気も高まっていざコトに及ぼうとしていたその時、またも騒動が巻き起こってしまった。
邸の中で騒ぎ声が聞こえ、気になってそれどころではない瑠璃と高彬。女房の小萩に聞いてみれば
なんと弟の融が太刀傷を受けて帰ってきたのだと言う。坊ちゃん坊ちゃんしている融とて高彬と同じ十六。
夜歩きをしてもおかしくはない年齢だ。そんな中、怪我をして帰って来たと聞き、二人は驚く。
だが、融の受けた傷は、太刀傷は太刀傷とはいえ、かすり傷だった。
ピンシャンしている融を見て瑠璃は高彬に部屋に戻ろうと呼びかける。
しかし高彬は真面目な顔をして融の傷を見ていた。夜盗の類だろうかと見当をつけて
融に尋ねると、六条の辺りで襲われたと言う。都の治安を守る衛門佐(えもんのすけ)である
高彬は夜盗が出たという事で靫負庁(ゆげいちょう)に報告に出て行く。
瑠璃に自分の衣を渡し、気持ちはもう夫婦だから、と言い残して。
その夜から半月、高彬は忙しく瑠璃に文さえ渡せない生活を送っていた。
それというのも夜盗事件におびえる東宮が、警護のため梨壷に高彬を連日宿直(とのい)
させているからであった。東宮の信篤いという事は高彬の将来の出世にも関わってくるの
だからと瑠璃の父は瑠璃を説得するが、瑠璃としてはどうにも納得できない。
自分にとって大切なのは東宮でも、出世でもない、高彬自身なのだ、と。

257 名前:なんて素敵にジャパネスク_13[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:08:35 ID:???
その高彬が久しぶりに瑠璃の元を訪れるが、どうにも様子がおかしい。
瑠璃が理由を聞くと、どうやら「六条で襲われた」と言っていた融がそれから先何も
話そうとしないというのだ。多分本当の事をいえば、恋の相手の女性が世間に知られてしまうから
隠しているのだろうと高彬は言う。夜盗を捕まえるには融の証言が大切なのだが、その証言
が得られないのだった。
夜盗事件が一段落しなければ東宮の警護から開放されず、自分達の結婚は遠いけれど
融の気持ちも分かるから無理に聞き出す事もできない。待つしかないよね、と高彬はため息をつく。
名残惜しそうに帰っていく高彬を微笑んで見送る瑠璃だったが彼の姿が見えなくなると
指をぱきぱきと鳴らしはじめた。
(融め……、あたし達の結婚の夜をぶちこわして自分の恋のためには
高彬に協力さえしようとしないんだからアタマくるじゃない!)
無粋で結構! 洗いざらい吐かせてやる!! と瑠璃は融の部屋に乗り込んでいった。
乗り込まれた融は、最初こそ瑠璃の剣幕に押され気味だったが斬られた場所については頑迷に
口を割ろうとしない。そして自分の恋する人がばれたら身の破滅、絶対に場所は言わない!と言い切った。
おまけに融は、とばっちりを受けて梨壷警護を命じられた高彬には気の毒だけど、どうせ高彬は好きな人と
結婚するのだからちょっとくらい辛い思いしたっていいじゃないか、とエゴイスティックな事を口にする。
思わずショックを受ける瑠璃。今までうすら呆けたところはあっても姉思い、友達思いの
やさしい弟だと思ってたのに…と。そして言うなり融はその場から立ち去ってしまった。
取り残された瑠璃は、最初のショックが段々と薄れてくるとふつふつと怒りが湧いてきた。
(この姉にタテつこうなんて十年早いってことを思い知らせてやる!!)
融は傷が癒えると、早速どこかへと夜歩きを始めた。それを見こして瑠璃は自分でも車を用意し
弟の後をつける。瑠璃は、融の相手の女を確かめてやる!と意気込んでいた。

258 名前:なんて素敵にジャパネスク_14[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:09:16 ID:???
お相手はどんな方なんでしょうね、と車の中で言う小萩に瑠璃は、きっと身分賤しい
財産目当ての年上の未亡人の性悪女に決まってる!と言い張る。
(それでなきゃ、なんであの子があんな事……)
くすん、と膝を抱えていたが、融の車は名家権門建ち並ぶ堀川へと向かっていく。
しかも堀川の中でも車は二条へと向かっていく。止まった所は二条堀川邸。
思わず瑠璃と小萩は顔を青くする。二条堀川邸の主といえば先帝の第八皇女、藤の宮だ。
現在の帝の声がかりで内大臣に降嫁したのだが、若くして夫に先立たれ、今は花の二十歳の
未亡人であるはずだ。もう降嫁しているとはいえ、元内親王の所に年下の恋人が足しげく
通っているなどと知れたらスキャンダルのまとだ。だから融は「ばれたら身の破滅」と言ったのだ。
(どうしよう……、世間の人はそういう話に敏感だもの。融なんか噂に押しつぶされちゃう!)
いてもたってもいられず、瑠璃は思わず車から飛び出て融の腕を引き掴んだ。
二条堀川邸の門の前でうろうろしていた融を人目のない所まで連れてきて瑠璃は、
本当に藤の宮が恋の相手なのかを確かめる。融はすっかり藤の宮に恋しているようだったが
実はなんと片思いなのだという。心配して焦って飛び出して損したと思いながらも
話を聞いていると、なんと夜盗に襲われたというのも違ったらしい。
藤の宮には通う男がいるらしく、そのみすぼらしい牛車を前に融はこんな男が通っているのかと
嫉妬のあまり「どこの者だ!」と声をかけたらしい。するとその牛車の中にいた男が突然切りつけて
きたのだという。そんな事情を話すわけにもいかず困っていたのだが、高彬が夜盗の仕業と勘違い
してくれたので、これ幸いと黙っていたのだと融は怒る瑠璃を前に、びくびくしながらも白状した。
「このボケナスッ!!」
瑠璃に殴り飛ばされてもこりずに融はまたもや、その車を見つけたといきり立つ。

259 名前:なんて素敵にジャパネスク_15[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:10:20 ID:???
車の前に立ちはだかり、何やかやと話をつけているらしく小萩が心配して瑠璃に声をかける。
放っときゃいい、と弟を置いて帰ろうとしていた瑠璃だったが、そんな彼女の前で融が、
その車から出てきた男を前に崩れ落ちた。まさか刺し殺されでもしたのかと慌てて駆け寄る
瑠璃だったが、融は怪我をしているわけでもなく単に当て身を受けて気絶していただけだった。
しかし、融がいくら普段抜けているからといって斬りかかってみたり、当て身をくらわせて
いいというわけではない。瑠璃は冗談じゃない、と去っていく男を車で追いかける。
(こうまでコケにされたんじゃ、姉として黙ってられるもんですか!
正体をつきとめて何が何でも融に謝らせてやる!)
だが瑠璃は、西洞院(にしのとういん)あたりで男を見失ってしまう。この邸に入っていったのかと
瑠璃はそっと忍び込む。だが全く男は見つからず、反対に瑠璃の方が、邸で見張りをしていた
侍達に見つかりそうになってしまった。あやうく床下に隠れて難を逃れた瑠璃だったが、
その床下でとんでもない話を聞いてしまうのだった。
何者かが、今の東宮を亡き者にして、自分達の手で新たな東宮をたてよう、という陰謀の計画を立てており、
それについて話していたのだった。あまりにも危険な話を聞いてしまい、慌てて早く逃げなければと焦る瑠璃だったが、
そんな彼女の前に、男が一人現れる。思わず恐怖に足がすくんでしまった瑠璃に向かってその男は刀を抜いた。
次に瑠璃が気がついたときには見知らぬ邸の部屋の中だった。
周りに控える女房たちに聞けばここはなんと二条堀川邸、藤の宮の邸だという。
現れた藤の宮を前にして、瑠璃は彼女の噂に違わぬ美しさに一瞬見惚れる瑠璃。
藤の宮は瑠璃になぜあの邸の下にいたのかを尋ねる。瑠璃は黙っていても自分の立場が
悪くなるだけ、と弟の事から、邸の床下での事まで洗いざらい全て彼女に喋ってしまった。
だが瑠璃が邸の床下で話を聞いていた事を知り、藤の宮は少し厳しい顔になる。
そして鷹男(たかお)という名の雑色(ぞうしき)を呼んだ。

260 名前:なんて素敵にジャパネスク_16[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:10:54 ID:???
彼はなんと、瑠璃に邸の床下で刀を突きつけてきた男だった。そして藤の宮の邸まで
瑠璃を運んできたのも彼だった。おまけに融に切りつけたのも彼だったのだと藤の宮は言う。
そして彼女は瑠璃の前で顔を伏せると、鷹男の非礼を詫びた。思わず瑠璃は焦りながらも
藤の宮に鷹男の素性を尋ねる。ただの雑色とは思えなかったからだ。
すると鷹男はこれから話す事は他言無用、もちろん高彬に対しても何も言ってはいけないと
前置きして説明を始めた。瑠璃が聞いた東宮をめぐる陰謀には前左大臣、入道がからんでいるのだという。
今の東宮は皇族出身の母を持ち、血筋は良かったものの後見となる財力や権力がなかった。
そこで右大臣家が姫を妃として差出し、後見としてつく事で彼は東宮になったのだった。
しかし、東宮が決まった直後、左大臣家の姫が第二皇子として生まれた。これが正良親王である。
入道は当時左大臣の位についており、正良親王が東宮として何とかして立てないものかと様々な
働きかけをしていた。だが、今の東宮に対した落ち度もないためその望みは叶わず、出家して
入道と呼ばれるようになったのだった。だが出家してからもなお権力欲は強く、正良親王の
東宮擁立のため画策しているのだった。
東宮はその動きに気づいているが、なるべくならば元凶の入道のみを捕らえ、陰謀とは縁のない
現左大臣や、その他縁の者には累が及ばぬようにしたいと考えていた。
鷹男は東宮からその様な命を受け、表沙汰にはならぬよう密かに入道一派の陰謀の証拠固めを
するため動いているのだ、と瑠璃に告げた。融を斬ったのは、彼が突然太刀を手に怒りもあらわに
声をかけてきたので入道の手の者と勘違いしての事だった。

261 名前:なんて素敵にジャパネスク_17[sage] 投稿日:2005/08/21(日) 10:12:14 ID:???
高彬がそれを夜盗の仕業だと報告したために、鷹男も動きにくくなったが彼の有能さは
鷹男も良く知っており、そのため彼が先頭に立って動けぬよう梨壷警護を命じるよう東宮に
言ったのだという。それを聞いて瑠璃は思わず怒りをあらわにする。
高彬は東宮に信頼されているからと思って働いているのに!
だが、高彬が動きを封じられているのには彼が右大臣家の人間だという事も関わっていた。
もしも彼がこの陰謀を知ってしまえばそれは右大臣の耳にも入り、そうなれば事を極秘に
運ぶ事は不可能になってしまう。瑠璃は説得されるが、黙っている代わりに条件をつける。
すなわち、鷹男の仕事を自分にも手伝わせる事。鷹男は思わず呆れて言った。
「瑠璃姫……、これは鬼ごっことはわけが違うのですよ」
「なら自分ひとりで調べます。誰にも話したりしないのでご安心ください」
「姫! なんでそう駄々をこねられるんですか」
瑠璃は少し赤面しながらも勢い込んでいった。
「入道一派が掴まるまであたし達の新婚生活もありえないんだもの!
一刻も早く事件を解決したいのよ!!」
瑠璃の迫力に負け、鷹男は瑠璃が協力を受け入れる事になった。
藤の宮は困ったように鷹男に良いのか、と確認するが、鷹男は姫は諦めないだろうと彼女を諭す。
そして鷹男は衛門佐もこのような姫を妻にとは何て奇特な……と頭をかいて考えていた。
当の瑠璃はといえば鷹男がしぶしぶ承諾したのを見て喜んでいたが、おもむろに拳を握り締めると心に誓った。
(よぉーーーしっ! あたしは頑張るからね、高彬っっ!!)


369 名前:なんて素敵にジャパネスク_18[sage] 投稿日:2005/08/31(水) 09:45:51 ID:???
ある日の事、大納言家の三条邸では先帝第八皇女、藤の宮からの迎えの牛車を前におおわらわだった。
ぜひ瑠璃を招きたいという申し出に、大納言の大臣はうちの瑠璃を招いていただくなど
あまりに畏れ多いと頭を抱えていた。だが、藤の宮の邸に行く事自体は誰も疑いはしない。
なぜならば瑠璃は鷹男の知恵で、瑠璃と藤の宮がひょんな事から交流を得て仲良くなった事、
それから文のやりとりをしていた事などを事前に伝えていたからだった。
瑠璃たちはこれから藤の宮の邸に集まり、入道一派の陰謀をつぶすための作戦を立てるのだ。
そのためには今までのように融に邸の周りをうろうろされては困るため、これまた鷹男に
言われ瑠璃は、弟に藤の宮は不甲斐ない男は嫌いらしい、下手でも心のこもった歌には
心が惹かれると言っていた、と伝える。こうすればしばらくは不甲斐ない真似――邸の周りを
うろつくような事はしないだろうと鷹男は言っていたが、案の定融は身を改めて
習字の練習などに励み始めていた。
そして瑠璃は二条堀川邸に向かう牛車の中で、女房達を前に具合の悪そうな様子を見せる。
これも作戦のうち。なぜなら瑠璃はこれから藤の宮の邸で病気になる『予定』なのだからだ。
そうすれば物忌みやら何やらで面会謝絶にできる。そうなれば、瑠璃は自由に動けるため
その間に秘密裏に調査を行うのだ。鷹男の知恵に感心しているうちに瑠璃の乗った牛車は
二条堀川についた。二条堀川邸で藤の宮は瑠璃を朗らかに出迎えた。
鷹男が来るのは夜になってからという事で藤の宮と話し込んでいた瑠璃だったがその最中、
藤の宮はふとこんな事を口にした。
「瑠璃さまは勇敢でいらっしゃるのね、わたくし羨ましいわ。わたくしも鷹男のために
役に立ちたいと思っているのですけれど臆病で何もできないのです……」
瑠璃は藤の宮の様子に驚く。彼女は鷹男の身を本当に心配しているようだった。

370 名前:なんて素敵にジャパネスク_19[sage] 投稿日:2005/08/31(水) 09:48:02 ID:???
「もう、このように危ない仕事は他の者にやらせればよいのです。わたくし何度も東宮に
そうご忠告申し上げたのに少しも聞いてくださらない。もしも鷹男の身になにかあったら
わたくしきっと生きてはいられませんわ……」
瑠璃はきっと藤の宮は鷹男の事が好きなのだ、と思った。そしてそんな中、邸にやって来た
鷹男は心配がる藤の宮に優しく微笑む。なんて似合いの二人、と瑠璃は思わず嬉しくなってしまった。
だがロマンチックな雰囲気もつかの間、鷹男は瑠璃に役目を告げる。
その役目とは女房として入道たちの邸に潜入する事だった。入道たちはちょうど一人
新しく女房を雇いたい、と探していた。そこで瑠璃が身分を偽り潜入するのだ。
そして邸にやってくる者の顔を見覚える事、誰が陰謀に加担する者か調べるのである。
また、もう一つは邸に持ち込まれる変わったものに注意する事。
唐渡りの毒薬などそんな物が運び込まれるかもしれないからだ。
「連中がどういう手段で東宮を廃位においやろうとしているか、まだわかっていないのです。
ですが、確実な線を狙うなら毒殺でしょう」
厳しい顔でいう鷹男の表情と、毒殺という言葉に改めて瑠璃は、自分はとんでもない事に
足を突っ込んでいるのだ、と今更ながら不安に陥る瑠璃だった。

『三条』の名で入道たちの邸に瑠璃が潜入して十日。いつ素性がばれるかと
ヒヤヒヤしている瑠璃は、自然と口数も少なく物静かな女房として通っていた。
だが後ろ暗い所のある入道たちにとっては喋らぬ女房の方がありがたく、『三条』は
邸の主、入道にも気に入られていた。そして遂に入道たちに動きが見られた。
入道の邸に左馬頭(さまのかみ)という客人が来たのである。下品でスケベな態度に瑠璃は
思わず閉口するが、これもスパイの仕事のためとぐっと我慢する。

371 名前:なんて素敵にジャパネスク_19[sage] 投稿日:2005/08/31(水) 09:49:16 ID:???
入道が上機嫌で迎えると、左馬頭の方もことは思惑通りに運んでいると笑みを浮かべながら伝える。
「もちろん法珠寺(ほうじゅじ)の方も……」
思わせぶりにそう言うが、入道はその話をするためにと瑠璃に下がるよう命じる。
そして、もう一人客が来たら酒宴を開くのでその旨古参女房の丹後(たんご)にも伝えるようにと言い置いた。
瑠璃は左馬頭が入道へ手渡した書状に気になって思わず凝視してしまう。だがそれはよほど
重要な書状らしく、入道は慌てて瑠璃に早く下がるよう叱りつけた。
瑠璃は酒宴を開くという言葉に焦っていた。わざわざ開くからには重大な集まりに
決まっているからだ。入道が持っていた書状が気になる上に、法珠寺という名にも
どこか瑠璃は引っかかるものを感じて気になっていた。こんな時こそ鷹男と話し合いたいのに
彼は文を一度送ってきたきりだ。来てくれたらいいのに……、と瑠璃はそう思った。

亥の刻、入道が言っていたもう一人の客人がやってくる。それはなんと僧侶だった。
僧侶がどうやって東宮廃位の陰謀に加担してくるのかは分からないが、どうやら
その僧侶は入道自ら迎えるほどの重要人物であるようだった。
酒も入り、宴では入道たちは終始上機嫌だった。酌をしながら瑠璃は何か
情報をつかめないかと聞き耳を立てていた。
「明日は必ずや観照が会ってくれるのだな」
「はい……ぬかりなく吹き込んでおきましたゆえ。明日こそは」
「……そうか。できればのう、観照と会って話している間に片がついてくれれば良いのだが」
そう言って入道はため息をつく。観照。法珠寺。何となく瑠璃はその言葉に聞き覚えがあった。
何の事だったろうと考えている瑠璃に向かって、顔を酒気に赤くしながら僧侶がふと、花も盛りの
年頃か、と呟く。そして盛りの花もいつか散るもの、そう心得なさいと説き始める。
「観如殿! ここでそういう向きの話をされるのは……」
「いやいや、確かに散るは花の運命。観如のいう通りじゃぞ左馬頭。
かといって何も知らずに散るのは哀れというもの」
そう言うと入道は余興だ、いいものを見せてやろうと、女房の一人にとある連歌状を持ってこさせた。

372 名前:なんて素敵にジャパネスク_21[sage] 投稿日:2005/08/31(水) 09:50:31 ID:???
それには一つ一つ違う筆跡で、『春を待つ歌』が書かれていた。東宮は春宮とも書く。
つまりこの歌は、深読みすれば『新たな東宮の御世を待つ歌』なのだ。
この連歌状というのは入道一派に加担する連判状でもあったのだった。
決定的な証拠に思わず見入ってしまった瑠璃に入道がどうしたと声をかける。
「……ついすばらしいお歌に見とれてしまって。春を待つ心は皆同じですから」
瑠璃はそうごまかすが、何とかしてこれを手に入れられないかと必死に考えていた。
瑠璃は酒を頼んでくる、と言って自らの局に戻り歌を適当に書き綴ると、素早く偽の連歌状を作った。
そして宴の席に戻ると入道たちに次から次へ酒を盛り、前後不覚になったところで
瑠璃は、おもむろに灯台を蹴倒して部屋に火をつけた。
「火事です! 火事ですわっ! 誰か!!」
その言葉に女房たちが集まってくる。すると寝こけていた入道たちも慌てて部屋から外に出た。
瑠璃はその隙に本物と偽物の連歌状をすり替え、偽物に火をつけて燃やしてしまう。
そして本物の連歌状を手にして、火を消さなくてはと振り向いたが、火は瑠璃が思っていたより
燃え広がっていた。危ない所で邸の侍たちが集まって火を消してくれたが瑠璃はあやうく
焼死しかけるところだったと、思わず放心してしまっていた。

入道たちは連歌状が灰になってしまった事に大騒ぎしていた。あれがなければ結束も危うくなる。
慌てふためく入道たちだったが、その場は古参女房の采配で何とか落ち着く。瑠璃は自分の局に
戻ると、懐から連歌状を取り出し眺めていた。するとそこに何と鷹男が忍んでやって来た。
良い所にやってきた、と瑠璃は連歌状を鷹男に見せ、これまでの事情を話す。
すると、東宮の前では忠実だという左馬頭の裏切りや思わぬ人物達の造反に
鷹男は衝撃を受けたようだった。そんな鷹男の姿を見て瑠璃は東宮には、高彬や鷹男みたいに
きちんと守ってくれる人がちゃんといる。裏切るような人達ばかりではない、と激励した。
真心をもってそう自分を励ましてくれる瑠璃を見て、鷹男の顔から思わず笑みがこぼれた。


402 名前:なんて素敵にジャパネスク_22[sage] 投稿日:2005/09/06(火) 18:33:41 ID:???
瑠璃の励ましに気を取り直し、話を聞いていた鷹男だったが、彼女からボヤ騒ぎの事を
聞くと顔色を変えた。連歌状は証拠としては申し分ない。だが、一歩間違えれば瑠璃は死んでいたかもしれないのだ。
「いいですか、姫。お約束してください、もうこんな無茶はなさらないと。
でなければわたしは安心できません」
そう言って鷹男は瑠璃の手を握る。
「瑠璃姫にもしもの事があれば衛門佐殿に合わせる顔がない。
ましてわたし自身も辛い思いをしなくてはならなくなる……」
「な、何も鷹男に責任感じてもらわなくたって、あた…あたしは!」
鷹男に真剣な目で見つめられて、瑠璃は慌てて手を振りほどいた。
そして何とかこの雰囲気を変えなければ、と瑠璃は観照と法珠寺の話をふる。

鷹男がいうには、観照というのは東宮の信任も厚い高僧であるという事だった。
そして無類の神通力を持つ祈祷僧だという話はあまりにも有名だった。
どうりで聞いた事がある名前だったと瑠璃は思う。きっと入道たちは観照に
東宮を呪い殺させるつもりなのだ。観照ほどの僧侶ならばそれができるはず。
きっとそれが入道たちの陰謀だったのだと瑠璃は鷹男に告げた。
入道が持っていた書状の事も鷹男に話し、瑠璃はどうやってそれを手に入れたものかと
悩むが、その話を聞くと鷹男は二度と危険なことはしてはいけない、と強い口調で瑠璃に言った。
そしてまたもや瑠璃を熱い瞳で見つめる鷹男。瑠璃は慌てて鷹男に責任感じてもらっても困ると言い張った。
「……衛門佐がうらやましい。あなたのような姫を妻にされて」
鷹男の言葉に瑠璃は口ごもりながらも、実はまだ本当の妻ではない事を説明する。
「でも心は妻よ!しっかり妻!!」

404 名前:なんて素敵にジャパネスク_23[sage] 投稿日:2005/09/06(火) 18:39:14 ID:???
しかしそれを聞くと鷹男は瑠璃に、それでは自分にもチャンスはあるというわけですね、と
意味深な言葉を言い残し邸から出て行った。残された瑠璃は、夫の知らないところで他の殿方に
ときめいちゃったりして良くないわよね、こういうの。などと思いながらも、ついつい
とってもドラマチックなどと浸ってしまっていた。

次の日、入道は『三条』を名指しで呼びつける。信頼できる女房でなければ頼めないと
前置きした上で入道は、昨日左馬頭が持ってきた書状を瑠璃に渡した。
そして、これを法珠寺の観照に渡して欲しいと言うのだった。思いがけなく例の書状
を手にして、瑠璃はラッキーと喜ぶ。これを持ったまま二条堀川邸に駆け込んでしまえば
入道たちもジ・エンド。しかし、入道は護衛と称して侍達を瑠璃の監視につけてしまう。
逃げられそうもなく瑠璃はせめて書状の中身を確かめようと、法珠寺へ向かう牛車の中で
書状を開いた。その中身はどうやら男性が書いた文のようであった。
所々品のない文字が混ざっているが、全体的に身分卑しからぬ人物のもののようで、
瑠璃はどことなく見覚えがある字だと思った。そしてその内容はといえば、
『以前から頼んでいた祈祷の効き目がでてきたようだ。帝の病も段々と
重くなってきている。更なる祈祷を頼む』というものだった。
文の最後に書かれた書名は東宮、宗平(むねひら)。
瑠璃が渡された書状は、東宮の父帝に対する呪詛を頼む文だったのだ。
しかしこれは東宮本人が書いた物ではない。
大方、左馬頭あたりが東宮の手蹟を真似て偽造したものなのだ。
だが、東宮が書いたと思しき『帝の呪詛を頼む文』を身元を伏せた女房(瑠璃の事)が
よりによって東宮が信用している観照の元へ持っていった所を役人にでも見つかれば
多少疑わしきとも、これだけ条件が揃っているのだ。誰だろうと東宮が帝の
呪詛を頼んだと思うだろう。そうすれば自動的に現東宮は廃太子とされ、次の東宮には
入道一派が担ぎ上げた正良親王(まさらしんのう)が選ばれる。それこそが入道の陰謀だったのだ。

446 名前:なんて素敵にジャパネスク_24[sage] 投稿日:2005/09/10(土) 20:30:46 ID:???
全てを理解した瑠璃は、何とかしなければ、と焦るが護衛の侍達は早く寺に行くよう
瑠璃を急かす。彼らの言葉の端々には全てを知っている、というものがあった。
にやり、と笑いながら、もう悩むことはないという護衛たちの言葉と、昨夜の宴での
入道たちの態度に瑠璃は確信した。このままでは自分は陰謀の要とされ、そして
口封じのため殺されてしまうのだ……と。
全ての罪をなすりつけ、殺すために入道たちは自分と関わりのない新参女房を探していたのだった。
今それに気がついた瑠璃だったが、牛車の中で一人ではどうすることもできない。
だが、やけになった瑠璃は少なくとも観如達の思い通りにはさせるものかと
法珠寺に着いた途端、観如に対してプレッシャーをかけていく。
小坊主たちの前で何度も何度も入道の名を口にしたのだ。
そうすればたとえ証拠はなくとも、今自分が死んでしまえば入道一味にも
疑惑の目は向けられるだろう、と。

だが、その観如は瑠璃のこととは関係なくどうにも落ち着きがなく見えた。
しかしそれでも、瑠璃の傍にやって来ると観如は遠まわしにだが
お喋りがすぎればすぐにでも殺す、と脅しをかけてきた。
思わずぞっとする瑠璃だったが、寺には肝心の観照の姿がない事を疑問に思う。
寺の小坊主が言うには観照は東宮に急に召し上げられ、参内したとの事だった。
そして瑠璃に、今日は東宮の使者が来ると観如に聞いていたけれど、違ったのかと尋ねる。
瑠璃は、自分は東宮の使者ではないと前置きして再度入道の名を出して話をしていた。
観照がいないのはきっと鷹男のさしがねだろうと思う瑠璃だったが、
当然こうなれば鷹男の助けは期待できない。
だが、こんな所で殺されてなるものか、と瑠璃は改めて自分を叱咤激励した。

447 名前:なんて素敵にジャパネスク_25[sage] 投稿日:2005/09/10(土) 20:31:16 ID:???
観照が東宮に呼び出され、取調べを受けているという事で計画が最初の段階で
狂ってしまい、観如は大慌てだった。瑠璃と入れ違いで入道たちもこの話を聞いて
慌てている事だろう。するとさっそく左馬頭が法珠寺に牛車でやって来た。
瑠璃は証拠の書状を手にしている今、観如たちの話を聞いたらすぐに逃げ出そう、と
身支度をした。逃げ出しやすいように十二単を脱ぎ、髪を結う。

床下に隠れ、瑠璃は観如の部屋があると思しき場所まで移動する。
すると床上から左馬頭の声が聞こえた。間違いない、ここが観如の部屋だ。
瑠璃が耳をそば立てていると、左馬頭がせっぱつまった声で、『東宮は自分達の陰謀の
全てを知っている』、と観如に伝えているのが聞こえた。
観如も焦った声で受け答えしていたが、連書は燃えてしまっている今、偽の書状さえ
始末してしまえば陰謀の証拠はなくなる、と自分を落ち着かせるように呟いていた。
そして今、瑠璃を斬ってしまえば一切の証拠がなくなる、と低い声音で言うのだった。
それを聞いて瑠璃は顔を青くする。
だが観如は早々に寺の小坊主や、侍たちに瑠璃を探させるように申し付けていた。
こんな事になってしまって早く逃げれば良かったと瑠璃は後悔するが、もはや後の祭り。
侍に見つかりそうになってしまい、慌てて床下から這い出して、必死に門へと走る。
刀を持った男達に追われ、瑠璃は必死になって逃げながら思った。
(あたし、もうぜったいにこんなことしないわっ! 鷹男に頼まれたってぜったいやらない。
もうスリルとサスペンスなんかたくさんよ! 今度こそ、まともなふつーの姫になるんだからっ!!)

(続く)