LUNAR ヴェーン飛空船物語/船戸明里
348 名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/10(火) 22:28:37 ID:???
LUNAR ヴェーン飛空船物語

 魔族の青年ガレオンは、旅先で訪れた村で彼にいたずらをしかけようとした少年を一瞬でひねり上げた。
少年の名はダイン。両親はない。祖父母に引き取られた彼は、退屈な村の生活に厭きて家業の手伝いもせずに
悪ガキを引き連れて暴れ回っていた。からかいついでに、旅の魔族を集団で襲おうとした彼は、当の魔族に
あっという間にねじ伏せられ、祖父母に突き出された。そうとうな屈辱だろう。しかし、祖父に叱られながら
ふてくされた目でガレオンを見るうちに、ダインの屈折した感情は、彼が常日頃から持て余していた
まだ見ぬ世界への憧憬へと次第に結びついていった。
 
 ダインの家で、彼の祖父母から一夜の歓待を受けたガレオンは、翌朝村を旅立った。
その後を追うダイン。村へ帰れと冷たくあしらいながらも、少年の面倒を見るガレオン。数日後、二人を嵐が襲った。
洞窟の外で、葉っぱをカサにして雨をしのぐダインを洞窟内に招くと、ガレオンはこう言った。

「パンを分けてやる。その代わり、晴れたらブルグ村へ帰れ!」

 ダインはパンを突っ返し、豪快に空腹の音を鳴らす腹を抱えたまま、寝転がった。
頭を抱えるガレオンの後ろで、背を向けたままダインはひとりごちる。

「ブルグ村は好きだ。爺ちゃんも婆ちゃんも優しい。でも、それだけなんだ。俺は…俺は、村の柵の中じゃ知ることも
できない。空の彼方も海の底も山のてっぺんも! この世界にあるものひとつ残さず全部見たい!」

「……仕様のない奴だな。本当に仕様のない……」

 これが、ドラゴンマスターダインと魔法皇帝ガレオンの初めての出会い。

470 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 20:26:43 ID:???
 魔法都市ヴェーン。空に浮かぶ巨大な都市。その地に残っていた六人の魔族。その一人が死んだ。
その男をヴェーン市民の誰もが尊敬していた。だが、男は死んだ。未完の夢を残したまま。

 男の最期の夢だった魔法式飛空船の建造は、弟であるガレオンが受け継いだ。
協力を求めるガレオンに、四人の魔族のうち三人が否定的な立場をとった。一人はガレオンに反対した。
一人はガレオンを無視した。最後の一人は何故船を造るのかという問いに答えないガレオンを前に静観を決め込んだ。
 しかし、当初は反対していた魔族も、二週間たらずで魔法力学の全てを暗記したガレオンの才能と熱意に
ほだされて、協力を約束した。彼はガレオンを無視していた息子を口説き落とした。
静観を決め込んでいた魔族も、暇を持て余していたところだと言って協力を約束した。

 飛空船の建造は順調に進んだ。だが、完成を目前にして、また一人魔族が倒れた。倒れた魔族は
は魔法力学の権威と謳われたガレオンの兄の師。今のガレオンには、魔法力学の基礎を応用できるほどの知識
も経験もない。飛空船の建造はまたしても頓挫しようとしていた。

 葬送が終わった夜、ガレオンは設計図を焼こうとしていた。それを目撃した魔族の女性は必死で止めた。
「……お願い、ガレオン。これ以上私から彼の思い出を奪わないで! この船は落ちたりなんかしない。彼の船だもの!!」
涙を流して訴える彼女を見たガレオンは、翌日ザインの生徒だった人間の学生達に協力を請うのだった。

 「君たちからの協力の申し出を断っておきながら、ムシのいい話だと思う。だが、もう、ロージはいない。
部品はできている。あとは組み立てとテストだけだ。飛空船の建造を手伝って欲しい」

471 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 20:48:59 ID:???
人間達の協力のもと、飛空船の建造は順調に進んだ。魔族達は完成した飛空船を使ってどこを跳ぶのか
語り合った。ガレオンの兄は飛空船を使ってどこを行きたかったのだろうか。

 数日後、飛空船はついに組上がった。残すところは明日の飛行テストのみ。そこで、ガレオンは兄が
飛空船に残した遺言を見つけた。マジックスペルに紛れていたため、最後まで気づかなかったのだ。

 「この船はヴェーンの発展と ヴェーン当主の未来のために」

 飛空船は、自分のために造った物ではなかったのだ。ヴェーンの当主は当然魔族ではない。人間の女性だ。
ガレオンの兄は、ヴェーンに住まう人間たちのためにこの飛空船を造ろうとしていたのだった。
そして、その遺言が、魔族の女性の心に拭いきれない影を落とした。

 処女飛行の日、操縦者に選ばれたヴェーン当主を、魔族の女性が襲撃する。

「私はこれ以上なにひとつ譲らないわ! ヴェーンも!! 彼も!!!」

 ヴェーンの当主に選ばれる者に必要なもの、それは絶対的な魔力。彼女はヴェーンの当主の魔法に
焼かれて塵一つ残さず燃え尽きた。飛空船の飛行テストは無事成功した。

 その後、生き残った魔族達とともにガレオンはヴェーンから旅立とうとしていた。
最後まで泣きついて離れない当主の娘の頭に、御前の誕生日には手紙を書くという言葉と、幼い日に兄から
プレゼントされた帽子を残してガレオンはヴェーンから去った。

472 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 21:05:05 ID:???
 ガレオン以外の登場人物の名前は、最後まで出さないつもりで書いていたのだが、途中で出してしまった。
ざまぁない。今日検索して知ったんだけど、「ガレオン ザイン」か「ヴェーン当主」でぐぐれば
『LUNAR ヴェーン飛空船物語』収録の二編が全部わかるところがあったんだよね、詳しく知りたい人は
そこを見てよ。最後の一遍は、適当にしか書かないから。

・登場人物紹介

ザイン…ガレオンの兄。魔法力学の権威としてヴェーンの教壇で多くの人間達に魔法を教えた。
多くの人間達に慕われていたが、唯一の身内であるガレオンだけには上手く接することができなかった。

ラトーナ…ヴェーンに残った六人の魔族のうちで唯一の女性。ザインを愛していたが、その想いが報われることは
なかった。

モリス…ヴェーンの宰相。人間である当主のもとで補佐に務めていた。業務の全てを人間に引き継ぎ、
ガレオンとともにヴェーンを旅立つ。ラトーナの指輪を左手の小指に填めて。

ロージ…ザインの師。タガクの父親。飛空船の建造中に寿命を迎える。

タガク…偉容を誇る長身の魔族。その容姿から初見の人間達に恐がられることが多く、そのことがコンプレックスに
なっていた。

ニイア…ガレオンをおにーちゃまと慕う当主の娘。

474 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 21:51:23 ID:???
・魂の告白

 あれから十年後、ダインとガレオンはまた洞窟のなかで嵐を避けていた。
彼らは翌朝、岩肌に挟まったヴェーンの飛空船に遭遇する。飛空船の難儀を知らせにダインを連れて
転移装置からヴェーンに跳ぶガレオン。

 折しも魔法都市ヴェーンでは、警戒体制がしかれていた。歓迎に現れた当主代理を名乗る年若い少女に、
「老人どもはどこにいる? 当主はどこだ?」と詰問するガレオン。党首代理は答えなかった。

 場面変わって、谷間から自力で抜け出せない飛空船を救助するためのプランを練る当主代理達。
プラン自体はできあがったが、要となる魔法増幅装置を修復するための地図が虫食いで駄目になっていた。
秘密会議を盗み聞きしていたダインの行動が契機で彼らがどうやってヴェーンまで来たのかがやり玉にあげられる。
「連れの魔族に言われるまま転移装置の柱を引っこ抜いたら、一回だけ外から強制作動させるって……」
 しれっと答えるダインに外から作動できるなんて学校で習ったことがないと騒然になる一同。彼らは、ガレオンの
協力を請うことにした。

「断る。私には関係ない」
 にべもなくはねつけるガレオン。「すねるなよ。助けてくれたらなんでもしてやるからさ」というダインを
「なんでも?」と聞いて黙らせると、彼は当主代理にこう言った。
「当主代理、三度目は聴かん。あの船には誰が乗っている」
 飛空船に乗っていたのは、ヴェーン当主ふくめ都市の重役連三十六名だった。

 救助プランは、魔法増幅装置で魔法力を増幅させた当主代理が雷の魔法で岩壁を破壊、その後風の魔法を
使って空へ浮上させる。魔法の余波からは飛空船の障壁機能を作動させてガードするというものだった。


475 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 22:30:45 ID:???
 途中、伸びた日陰から飛空船の難儀を知った市民達が当主の館に殺到する事態に見舞われたが、
当主代理の演技でその場は凌がれた。

 その夜、遅めの夕食を取ったダインは、当主代理と束の間歓談にふける。「ヴェーンで初めて魔法式飛空船を
完成させた五人の大人と一人の子供の魔族の物語が一番好きと語る彼女を、ダインはこれが終わったら三人で
旅に出ようと誘う。当主代理だって一人の人間さ、誰かと何かをわかちあう必要があるというダインに、
彼女は自分の弱さをダインの様に認められない弱い人間だと語り、彼の申し出を拒否する。
 
 魔法増幅装置の制御装置の修復が済み、飛行船の救助は夜明けの前に実行された。失敗は許されない。何故なら明日の昼には、
嵐が来ると風が告げていたからだ。放たれた雷の魔法で飛空船を閉じこめた岩肌は崩れ、風の魔法の力で
ヴェーンの近くまで船は舞い上がった。しかし、一緒に浮上した瓦礫のかけらが魔法障壁にぶつかったために
余分な力が働いてしまった。最後のエネルギーランプがチカチカと点滅を繰り返す。祈る市民の目の前で、
ヴェーンを間近にしながらエネルギーの尽きた飛空船は落下。泣き崩れる当主代理。必死でガレオンに
懇願するダイン。
「魔法増幅装置は限界にきている。完全に治す時間がなかったからな。今これで魔法を使えば、あんな老朽船。
落下程度ではすまなくなるぞ!」
「なんとかしてくれよ、頼むから」 

 そのダインの言葉からガレオンは天啓を受けた。彼は制御装置を壊すと、「今望むことを願え、祈れ!」と呼びかける。
「女神アルテナよ」とアルテナ神に祈りを呼びかけた後、ガレオンは魔法増幅装置を起動させた。
ガレオンの船を想う気持ちと、ダインの当主代理を想う気持ちと、当主代理の母を思う気持ちが、強い魔力となって
ヴェーンを覆い、飛空船を覆う。気を失った当主代理が目を覚ましたとき、地上に墜落した飛空船の側に立つ
中年の美しい貴婦人の姿があった。 飛空船は壊れたが、当主達は無事だった。

476 名前:LUNAR ヴェーン飛空船物語[sage] 投稿日:2005/05/26(木) 22:51:51 ID:???
 最後のアレは何だったんだ、一体?
 極めて原始的な魔法の本来の姿だ。ただの祈りだよ。
 へぇ、祈りであんなことができるのか。
 そうだ。少しは魔法に興味が出来たか?
 少しね。

事が全ておわり、一息つくガレオンとダインの前に、当主がお礼を述べに来た。

「御免なさいね。貴方の船が」
「構わん。所詮は前世紀(百年前の)の遺物だ」
「そんな風に感じてらしたの? 貴方がヴェーンを最後にしたあの日。あの日のままの貴方と違い、私が
こんな風におばさんになってしまったように、歳月はヴェーンをかえてゆくでしょう。けれど、それでも貴方の
故郷には違いないのです。私共いつまでも、貴方のお帰りをお待ちいたしておりますわ」

目の前に立つ当主はニィアの四代目の子孫(曾曾孫)。その容姿は、彼が最も心を許したニィアとほぼ瓜二つ。
当主の言葉を聞いたガレオンの脳裏に、ニィアから続く歴代当主と手紙を交わした百年の日々が去来する。
訳を聞かせろよと迫るダインに「長すぎる話だ。いつか御前には話す」とガレオンは答えるのだった。

 二十年後、ガレオンは、生涯癒せぬ傷を胸にヴェーンに帰還する。だが、それはまた別の物語。

登場人物紹介

 レミリア・オーサ…ヴェーン当主の娘。この事件の後、当主に促されてダインとガレオンの後を追い、彼らの
旅に同行する。