黒の李氷・夜話/白井恵理子
23 名前:黒の李氷・夜話 設定など[sage] 投稿日:2006/12/23(土) 16:00:43 ID:???
●ストーリー、設定など
・中国古代王朝「夏」から近代「清」に渡る長い歴史の中で出会いと別れを繰り返す宿命の恋人たち「李氷」と「セイ」。
・2人の関係を軸に、人の心に巣くう暗黒や業によって生み出された妖怪退治譚の側面を持つ。
・天界には「天帝」と呼ばれる神が君臨し、李氷は天帝と志を
異にする実力者「太上老君(『史記』での老子)」に造られた
“生きる泥人形”に、ある別の神が宝玉の心臓を埋め込み、実体化。
・後半には天界の神将、顕聖「二郎神君」が登場し、天帝の使者として李氷と敵対する。
・李氷は基本的に不老不死で不死身、様々な妖術を操り、普段は占い師をしている。
・深刻なダメージを受けたり、感情の爆発によって鬼の姿になる事がある。
・畢方(ひっぽう)という一つ目、一本足の巨大な怪鳥を連れている(出典:山海経)
・畢方は普段、李氷が纏う黒いマント様の服に擬態しており、必要に応じて変身。
・セイは歴史の混乱期に(主に)男装の麗人として転生し、辛い人生を送る。
・転生時には前世の記憶を無くしている事が多いが、たまに覚えている事も。
・セイという名は彼女が初登場時、商の開祖「成湯」であった事から李氷が呼んだ。
●出版
・1990〜1996年 角川ASUKAミステリーDXに不定期連載。
・ASUKAコミックス全7巻(絶版)
・ホーム社文庫 全3巻
●その他
・ショートストーリーを含む全16話。
・歴史上の人物が多数登場するが、出来事は虚実織り交ぜたファンタジー。
・書き人が中国の歴史に詳しくないので、あまりツッこまないでもらえれば…と思います。

26 名前:黒の李氷 夏朝幻想[sage] 投稿日:2006/12/24(日) 22:47:43 ID:???
●時代、人物
・BC17世紀 夏王朝 帝傑
・セイ→成湯
●本編
 巨大な木のうろの中で碁をうつ老子と李氷。老子が長考に入り、退屈になった李氷は町へ出る。
 老子が考え込んでしまうと、人界の時空が狂ってしまい、時には何十年も経ってしまったりするのだ。
 道すがら、李氷が占いで人々の耳目を集めているところへ、若く綺麗な男とその妹・淑玲(スーリン)が通りかかる。
 スーリンに頼まれ男の卦を見た李氷には、現王朝・夏で近々起こる大量殺人のイメージが湧く。
「ひび割れた四つ目の巨像、鎌を持った美女…この国での大量殺人にあんたは深く関わるようになる。
あんたは犠牲者達を救うために挙兵するだろう」
 口には出さなかったが、そのきっかけはスーリンが犠牲者となる事である。
 「インチキだ」と背を向ける兄妹と別れ、夏の都で遊んだ帰り道、ざわめく沼の地縛霊に引きずられる李氷。
「あたしは妹嬉(ばっき)、百年前にこの沼で死んだわ。
それからずっと、すてきな王子様を待っていたの」
沼の底には多数の人骨が沈んでいる。
 そうなってはかなわんと、李氷は腐りかけた死体の様な妹嬉に取引を持ちかける。
「そのスプラッタなご面相じゃ王子様は現れないぜ。
僕は反魂の術が使える。君をとびっきりの美人に甦らせてあげようじゃないか。
でも、本当はタブーだから、君が王子様に会えたら元に戻すよ」
 納得した妹嬉に術をかけ、逃げ出す李氷。
 美女として甦った妹嬉は月明かりの下、美しい裸身を晒す。
 そこへ偶然に通りかかったのは、まだ若い夏皇帝・帝傑。
 2人は一目で恋に落ち、妹嬉は彼の妃となる。
 しかし、帝傑に愛されるほどに、妹嬉の不安は増してゆく。
――この国にはまだ、美しい娘がたくさんいるのよ。花は…一輪で充分だわ――
 歪んだ情念に捕らわれた妹嬉は宮廷の隅の堂に放置されていた巨像に目をつける。
 それは鋭い牙に四つの目を持った蚩尤(中国神話で黄帝と戦ったとされる荒神)の像であった。
 帝傑によると、昔はこれを鎮めるために生贄が捧げられていたというが、今はひび割れて態をなさないのだ。
 妹嬉は像を修復し、言う。
「生贄が必要だわ。とびきり美しい娘をたくさん捧げなくてはね!」

29 名前:黒の李氷 夏朝幻想[sage] 投稿日:2006/12/25(月) 00:00:21 ID:???
 5年後。うっかりと昼寝をしていた李氷は、冒頭の若い男と再会。
「僕は5年も眠ってたのか!おや、あんた知ってるよ。
あの妹は2年前に死んだろうけど。なんなら、占ってやろうか?」
 男の名は商の王(ここでは大名のようなもの)成湯。スーリンを殺され、敵討ちに兵を連れ夏へ向かっていた。
「おまけに…僕にはラッキーな事に、あんた女だ」
「教えてやろう。5年前に妃になった妹嬉は10万もの若い娘を殺した。
この成湯、妹嬉と帝傑を斬り、夏を倒す!」
「妹嬉!?妹嬉だと!?」
「商の後継に男として育てられた私の分まで、妹には幸せになってほしかった…」
 成湯の涙の原因は自分にあると思った李氷は成湯の兵に加わり、夏へ向かう。
 20万の軍勢を持って成湯は夏を攻め、都へ入る。
 戦争とはいえ、町の住民が見当たらない事が不思議であった。
 成湯のクーデターの報せに妹嬉は呟く。
「崩させないわ。だって、ここは私の夢みた都。
許さない…私も…蚩尤も」
 その言葉に応えるように蚩尤の巨像は動き出し、成湯を目指す。
「あれはまさか、妖神蚩尤!?娘達の行き血を浴び続けて力を持ったな!!」
 李氷は成湯を連れ、手近な民家へ避難するが、住民達は時が止まったまま固まっていた。
 生きながら石像になったかのような姿を見て、成湯は恐怖する。
「李氷…私、怖い…怖くてたまらない…こんな敵初めてだ!
もう戦えない!ここで…ここで自害する!」
 泣き叫ぶ成湯の腕を掴み、李氷は無理やりにキスをする。
 成湯は李氷の頬を打つ。
(李)「落ち着いたか?」(成)「…ん」
「領民がこうなっちまったのは、蚩尤が動いてるからだ。
この都と蚩尤の動力は一つなんだ。妹嬉が鍵を握ってる。行こう!」
 李氷と成湯は畢方に乗り、妹嬉が住む宮廷の奥へ。
 妹嬉は大鎌を持ち、成湯を待ち受けていた。
 成湯は妹嬉の胸を剣で刺し貫くが、妹嬉は薄笑いを浮かべ、成湯を振り払う。
 床に叩きつけられた成湯に鎌が振り降ろされようとした時、李氷の声。
「そこまでだ、妹嬉!僕を覚えているだろ?」
 妹嬉は慌てて宮殿の奥へ逃げる。長椅子に行儀良く座っている帝傑にしがみつく妹嬉。

30 名前:黒の李氷 夏朝幻想[sage] 投稿日:2006/12/25(月) 00:47:05 ID:???
「ふーん。夢が叶ったじゃないか。それがあんたの王子様かい?」
「この人にさわらないで!」妹嬉は帝傑に伸ばした李氷の手をはらう。
「あなたは魔の者でしょう。汚い手で私の王子様にさわらないで」
「そーですよ。あんた霊だけど一応人間だし、俺ぁきたねえ化け物さ。
でもよ―――その王子様、人かい?っていうか、生きてんの?」
 そこへ成湯がやってくる。
「その帝傑も領民も、全部あんたが描いた夢だったんだな。
君が沼の中で描き続けた理想郷だったんだろう?
この王朝は、本当は存在しないんだ」
「そうよ…夏は妖神蚩尤を祀ったため天帝の怒りに触れ、焼き滅ぼされたの。
だけど私には、王子様が必要だった。君臨する王朝が必要だった」
 その一途な想いと蚩尤の無念が重なり合い、幻の夏を作り上げたのだった。
「もう望みは叶っただろ?元に戻すよ」
 妹嬉は帝傑をしっかりと抱きしめ、朽ちてゆく。同時に帝傑や
領民も蚩尤の像も、まるで砂の塔が崩れるように、サラサラと消えてゆく。
そして、夏王朝も。
「私は…私達は存在しない王朝に仕えていたというのか!?
亡霊の王朝に沢山の人々も、スーリンも殺されたのか!?
そして李氷、貴様が諸悪の根源だったのか!この化け物!!」
 成湯は李氷の首を落とすと、剣を支えに泣き崩れる。
「いってえな」
 自分の首を脇に抱え、李氷が立っている。
「化け物で悪かったな!人を生贄にしたり、戦をしたり、人間のがよっぽど化け物じゃねぇかよ!
………チェッ。ファーストキス、だったんだ…ぜ」
 悲しげな顔をして、李氷は消えた。呆然とする成湯。

 相変わらず考え込んでいる老子の所へ戻った李氷は「たーいくつだった」と頭を掻くのだった。
【夏朝幻想 了】