コナコナチョウチョウ/望月花梨
78 :コナコナチョウチョウ 1 :04/05/17 13:31 ID:???
  緑子は白墨の粉を恐れている。
白墨の粉は吸い込むと肺の中に溜まって二度と出てこないと聞いたからだ。
それに白墨の粉は蝶々の鱗粉を想像させて気持ちが悪い。

 男子生徒に人気の有る緑子に嫉妬した女子達は緑子の荷物に白墨の粉をかける。
思春期の女の子は嫌いだ。些細な事ですぐ泣いて怒って、とても不安定で
不気味な生き物に思える。緑子には『グリーン』というあだながある。
英語の時間にクラスメートのチロがMrs.Greenを「みどり夫人」と訳したからだ。
グリーンには『未発育』という意味がある。
それを発見した誰かが緑子の『未発育な体』と『緑』をかけて
グリーンと名づけ、その名はすぐにクラス中に広まった。
チロは自分のせいだと緑子を度々かばうようになり、
クラスで一人だけ本名で緑子を呼んでくれた。

 女子達によって白墨の粉を靴の中に入れられるが、
緑子は触るのさえ嫌で取り出せない。そこへチロがやって来て取り出してくれる。
緑子はチロをガキ臭いチビッ子だと思っていたが、眺めているうち変な気分になる。
靴を掃除し終え笑顔を見せるチロに緑子はドキリとする。

 緑子は両親の都合により転校する事になる。別に悲しくは無い。こんな所に未練は無い、
むしろせいせいする位だ。しかし目を瞑るとチロの姿が浮かび、胸が苦しくなる。
―――白墨の粉が胸に溜まったらこんな感じがするのかもしれない。

79 :コナコナチョウチョウ 2 :04/05/17 13:36 ID:???
 放課後、一人きりで窓の外を見ている緑子にチロは話し掛ける。
女子達の仕掛けて行った白墨の粉がチロに降りかかろうとする。
緑子は反射的にかばい、大嫌いな白墨の粉を浴びる。
「向こう行けよ!さっさと帰れ!あんたなんか大嫌い!!」
自分の胸が苦しいのも、白墨の粉を浴びたのもチロのせいだ。
緑子は白墨の粉のたっぷりついた黒板消しでチロを殴る。
チロは怒り、無言でその場を去ろうとする。
「……嘘。私……チロが好き……」緑子は涙を流し、チロに告白する。
赤面して振り返るチロを緑子は女子トイレへ連れ込む。
振り切ろうと思えば振り切れるのにチロは逃げず、
トイレの個室で緑子と抱き合いながら震えていた。
白墨の粉が体中に纏わりついている。
「健全な学び舎」という校歌の歌詞がスピーカーから聞こえてくる。
校歌は嘘つきだ。今の学校には『健全』よりも
『官能』の文字のほうが似合っているじゃないか……

 チロが女子トイレで目覚めた時にはもう朝になっており、緑子はいなかった。
担任の口から緑子が転校した事を知ったチロは緑子に電話を掛け、緑子の事は絶対に忘れないと言った。
 自分は学校の皆の事なんてすぐに忘れてしまうだろう。皆も自分の事を忘れてしまうだろう。
それでもチロにだけは忘れて欲しくない。ずっと憶えていて欲しい―――

 転校してしばらく。緑子は白墨の粉を恐れないようになった。
胸の中に少しずつ白墨の粉が舞い降りるたび、チロの事を思い出す。
そうすると、以前は冷たく扱っていた他人の事が少しだけ考えられるようになる。
その後はとても気持ちが軽くなり、背中に羽が生えたような気持ちになる。
まるで蝶のように。

 <完>