神林&キリカシリーズ/杜野亜希
現在大学生の新人推理作家・神林俊彦(かんばやし・としひこ)。
彼の作り出した美しきヒロイン、レディーX。
年齢不詳・国籍不明のミステリアスな女探偵は、神林の理想の女性でもあった。
同名のフランス産の白いバラのように美しく咲き誇り高く香り、何者にも染まらない…。
その撮影現場で初めて出会ったアイドル・川本キリカ。
演技はド下手で抜けているキリカに苛つく神林。
ところがキリカはそこで起こった殺人事件の謎を鋭く解いてしまう――。
『謎解きしたのは全部神林先生なんです、あたしが襲われた時も助けてくれたんですよー』
きゃぴきゃぴとインタビューに答えるキリカの姿を見ながら神林は文句を言う。
「16年も生きてりゃわかるわよ。可愛い上に頭もいいんじゃ妬まれて敵を作るだけだってね。
アイドルとして世間の皆様に愛されるには隙がなくちゃ」
したたかなキリカに神林はあきれるが、これが縁で以後数々の事件を解決することになる…。
「先生のレディーX、きっとすぐに現れるよ」

キリカには同い年の妹晴子と弟雷太がいた。キリカは養女で、姉弟とは血が繋がっていない。
晴子はキリカにコンプレックスを抱いていた。昔から他のことは違うキリカは、
たいした関心もなさそうな顔で何でもあっさり自分の物にしてしまう…。
「君は君だ、キリカになる必要はない」
神林のこの言葉がきっかけで、晴子は神林に惹かれてゆくことになる。

望月祐貴、芸能界のサラブレッド。父親は望月芸能の社長、母親は演技派女優織田雪江。
だが雪江は後妻で、祐貴とは血が繋がっていない。
彼もまた表の顔とは裏腹に冷たい本質を隠し持っていた――。
ある事件がきっかけでキリカの秘密を知り、自分に似ていると興味を持つようになる。
キリカと同じマンションに引越し、やたらに接近してくる。神林は面白くない。

そんな折、ある女優の代役として舞台に立つことになるキリカ。
自分を失う程に演技にすべてをかけた女優だったが、キリカはあくまで「美少女アイドル」。
実力をセーブし続ける。雪江は「あなたにはできるはず」と役からおろす気はないと言う。
雪江の心に残る懐かしい名、霧香――同じ名を持つキリカに運命的なものを感じていたのだ。
本番、相手役の雪江にひきずられ、アイドルの域を超えた演技をしてしまい戸惑うキリカ。
『キリカは本当は思いきり演技してみたいんだ。でもなぜか思いきり演技するのを恐れてる。
アイドルの仮面はそのための防波堤なんだ……』
キリカが遠くなるような、そんな予感を覚える神林だった。

――ある事件で、神林をかばって刺されてしまう晴子。
自分を慕い、自分をかばって意識不明になった晴子に神林は口付ける。
意識を取り戻す晴子を抱きしめ、これからは自分が晴子を守るとキリカに言う。
「晴子と付き合っても先生とあたしとのコンビ解散ってワケじゃないよね?」
「あたり前だ…!何も変わらないよ僕達は」
『先生を守ったのは晴子…あたしは助けられなかった、何もできなかった…』
…晴子はわかっていた。神林が自分を愛してるわけじゃない、自分への償いだと。
『それでもいい、私は先生を誰にも渡さない…』

キリカは、雪江の実の娘だった――。
かつて愛した映画監督の男との子供。死期が迫った彼は女優である雪江の将来のために
生まれたキリカを友人夫婦に任せ、雪江には死産だと言っていたのだ。
その男が雪江主演で撮影したイメージフィルム「マリア」をリメイクすることになり、
イメージ通りだと言われて主役を演じることになっていたキリカは
自分が雪江の娘であることにショックを受けて辞退してしまう……。

役の前には人間らしい心も何も失ってしまう、それを知っていたキリカは
無意識にブレーキをかけていたのだ。
自分はあの人のようになりはしない、そう決心して雪江の娘であることを拒絶するキリカ。

高橋真名美。ある事件がきっかけで芸能界デビューを果たした彼女。
だがその事件は自分が仕組んだものだった。真名美はキリカにとって危険な存在だ。
「お嬢さんアイドルのお遊びとは違う、同じ舞台に上がってきさえすればいつでも戦うわ」

自分と付き合うようになってから、いつも悲しそうな…すまなそうな顔をしている神林。
キリカと一緒にいる時はとても穏やかな優しい顔をしている……。
晴子は自分の中の闇を解放し、先生の手を自ら離す。
「キリカを好きでもいい、だから先生は先生のままでいて…!」

真名美の演技は、数多くの人々を圧倒させた。「マリア」の監督・大沢も、
キリカがこのまま辞退するなら真名美にやってもらうと言ってきたという。
雨の中神林のマンションに来てそれを報告するキリカ。
追い詰められて壊れそうになるキリカを、神林は突き放す。
「俺はお前の逃げ場所じゃない、俺はそんなお前は嫌いだ」
途方に暮れて自分のマンションに戻ると、入口に祐貴がいた。
「嫌ならやらなければいい、すべて君の思い通りに…」
自分を受け入れてくれた祐貴と、抱き合って口付ける――。

ある事件の犯人が、祐貴の部屋で抱き合うキリカと祐貴をスクープした。
アリバイ作りのために修正は加えてあるが、祐貴の部屋に泊まったことは認めるキリカ。
「あの晩あなたが自分で彼女の手を振り払ったんだ。キリカは僕を選んだ」
祐貴は何もしていなかった。ただ震えるキリカを一晩中抱きしめててくれただけ。
だがキリカも祐貴も、それを神林には言わなかった――。

芸能界をやめると言うキリカにプロポーズする祐貴。
ところが、たまたま乗った飛行機でハイジャックに遭い、目撃者のキリカは命を狙われる。
保身のために長い髪をナイフで切り、機転を利かせて男になるキリカ。
皮肉にもそれで演じることへの情熱を呼び覚まされる…。

帰国して途中で降りた映画への復帰を果たすキリカ。
祐貴にはプロポーズの返事を待ってと言う。
雪江は神林にお礼を言う。壁にぶつかり苦しむキリカに何もできなかった自分を叱咤し、
「僕はキリカを目覚めさせたい」と訴えていたのだ。
キリカはその様子を立ち聞きし、強い意志で母親に決別する。迷いは捨てた。

指輪を拒み、祐貴を逃げ道にしていたと断るキリカ。でも嫌いになどなれない。
2人とも自分を偽るために演技を覚えて辛いことから逃げてきたから。
だが祐貴はそれでもいいと言う。本当の自分をわかってくれるキリカを離さないと…。
祐貴は父である社長にキリカの出生を告げ、圧力をかけさせて仕事を奪ってゆく。
が、それでもキリカは立ち向かう。祐貴にその意志を表明する。

晴子がキリカに会いに来た。公務員試験に合格し、警察官になると言う。
神林と別れた、先生が本当の気持ちを隠しているのがわかったからと。
「本当のことを言ってくれるのは相手を大切に思ってるからよ。
たとえその時どんなに言うのが辛くても…!」
神林に突き放され、ぶつけられた痛い言葉。
だがそのおかげで自分の本当の気持ちを封印せずにすんだのだ。

吹っ切れたキリカの演じる姿を見た大沢監督にあるドラマにスカウトされる。
真名美の相手役として出演し、その出来を見てマリア役を決めると言う…。

その頃、過去に真名美が起こした事件の再調査が進んでいた……。

ドラマの撮影が進んでゆく。
その現場に出入りするスタッフが、真名美に過去の事件について聞いてきた。
その時目撃した影が真名美だったのではと言ってくる……。
真名美はそのスタッフを自殺に見せかけて殺してしまう。
偶然その事実を知った神林を倉庫に閉じ込め、窒息死させようとする真名美。
祐貴はそれを目撃するが、誰にも言わずに黙っている……。
最後のワンシーンだけ生で流すことになり、屋上で撮影が始まろうとしていた。
神林からの留守電で事件を知り、倉庫に向かうキリカ。
命がけで残してくれた証拠のおかげで、真名美の過去の事件ごと洗い直せるが、
先生はICUから出てこない――。
自分が演じるのが先生の望みだと、撮影のために屋上に戻るキリカ。
真名美にそのことを告げ「あんたは終わりだ」と言うが、役と同じ状況に喜ぶ真奈美。
キリカは憎しみのオーラをまとっていた。役柄とははるかに違う雰囲気だ。
本番中、警察の人間がやって来た。これで真名美は捕まる――。
真名美は段差のない屋上から飛び降り、役のままで死ぬことを望む。
キリカもそれを止めようとはしなかった。
そんなキリカの視界に、神林が現れた……!『キリカ…!殺してはいけない…!』
先生への最高のプレゼントになるような演技をしよう、そう決心していたことを思い出し、
落ちた真奈美を受け止め、大きな心で真名美を受け止めた。
「いつか出てきたら、心おきなく本当の勝負をしましょう」
撮影が終わり、逮捕される真奈美。キリカはマリアの主役を演じることになる――。

大沢監督の提案で、神林が「マリア」の脚本に手を入れることになる。
イメージポスターの撮影に来た祐貴の別荘で、祐貴の過去の話を聞いて泣く神林。
祐貴はこんな話をした自分に驚き戸惑い、「あなたにわかるはずがない!」と叫ぶ。
神林は祐貴に自分のカーディガンを被せ、自分の部屋に戻ってゆく。
真っ暗な部屋の中に佇む祐貴の後姿を神林と見間違え、
「あたしは神林先生が好きなの」と告白するキリカ。
ゆっくりと振り向く祐貴。驚くキリカをむりやり犯した――。

神林は自分たちとは違う、自分に向けられた感情にバカ正直に向き合い傷つくバカだ、
あいつは俺たちより下等だと言う祐貴。キリカはそれを否定する。
前は自分を好きになれなかった、だけど今は自分が好きだ。
そのせいでこんなことになったなら後悔はしない―。
ひとりシャワーを浴びながら泣くキリカ。それでも祐貴を憎めない…。
祐貴は喪失感を覚えていた。神林がいる限り、この思いは消えない…。

祐貴との一件以来ぎこちない神林とキリカ。
聖母そのままであった雪江の演じたヒロインまりあを、
もっと人間味のあるものにしたいと手を入れる。
復讐のためにまりあに近付く朔郎役を演じる祐貴との撮影をこなしてゆくが、
撮影が終わると急に現実に引き戻されて苦しむキリカ。
「お前を汚すことでお前の父親に復讐しようとしていたんだ!!」
そんな朔郎を許すまりあ…だが、あの夜のことを思い出してしまい演技ができない。
神林は、この撮影が終わったら2人の前から消えると言う。
『神林がいなくなっても、俺とキリカの中のあんたの存在は決して消せない。
あんたが本当にこの世から消えない限りは…!!』
祐貴は神林に睡眠薬を盛り、自動発火装置をしかけた倉庫に閉じ込めた――。
祐貴のしたことに感づき、姿の見えない神林に不安になるキリカ。
それでもキリカはまりあを演じる。「先生と一緒に作ったまりあよ」
前にできなかったシーンを見事やり遂げるキリカ。
手を差し伸べるその姿に、神林が重なる――。
『あいつは俺のことを理解していた、理解しようとしていた。
理解しようとしなかったのは…』
神林に憧れ、彼のようになりたかった自分自身に気付き、
本当の自分の姿で泣く祐貴を、キリカのまりあは聖母のように抱きしめた……。

撮影が終わり、倉庫に走る祐貴。
燃え盛る炎の中を走り、神林を助けるが、頭上に燃えた木片が……!
祐貴のいる病室にゆく神林。自分は怪我はなかったが、祐貴は身体中包帯だらけだった。
神林を殺そうとしたが失敗した、キリカを無理やり汚したとの告白に
思いきり殴りつける神林。慌てて病室を出ると、そこにキリカがいた。
祐貴とのことを知られてしまったと察して逃げるキリカを、
まりあのように優しく抱きしめる神林。キリカはその腕の中でいつまでも泣いていた……。

レディーXの花束を渡し「お前にレディーXをやって欲しい」と言う神林。
役としても、個人的にも。「答えは――…」抱きつき、口付けるキリカ。
「お前の予感、当たったな。言っただろ?初めて会った時…」
『先生のレディーX、きっとすぐに現れるよ』