グラン・ローヴァ物語/紫堂恭子
471 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/16 01:56 ID:???
舞台となるのは、今よりもずっと昔の世界。精霊や妖魔、魔法といったものがまだ存在するが
人間が増えるにつれて、これらの存在は徐々に世界から消えつつある。

第1話:放浪の賢者 
主人公の青年サイアムは、ケチなサギで食い扶持を稼ぐ小悪党。賢者になりすまして辺境を渡り歩き
田舎貴族を相手にうさんくさい講義をしては謝礼金をかすめ取っていた。
そんな彼の元に、「放浪の大賢者」グラン・ローヴァがこの地にやってきたとの噂が届く。
グラン・ローヴァといえば、世界中の賢者が集う“東の学舎”の中でも最高位の賢者。
本物の賢者と対面して、化けの皮をはがされては稼ぎどころか命が危ない。サイアムはあわてて
いち早くグラン・ローヴァを見つけ出し、よそへ向かわせようとするが、やっと探し当てたグラン・ローヴァは
およそ賢者という言葉からは程遠い、みすぼらしい爺さんだった。しかもこの爺さん
そこらを遊びまわったり釣りをしたりするばかりで、格言を披露したりはいっさいしない。
「“東の学舎”に本当にいたってんなら、そこで何か学んだはずだろう!」
「強いて言うなら、いつも機嫌よく暮らす事ぐらいかのぉ。わしゃ物覚えが悪くての。それだけで百年かかったわい」
どうやらこの爺さん、本物のグラン・ローヴァらしいが、その言動はおよそ大賢者とは思えない。
同道しているうちに、何気なく自分の過去を語ったサイアムに、お返しとしてグラン・ローヴァは
自分が若かった頃、地上に落ちてきた星を拾ったが、すぐにそれを天に返した……という不思議な話をした。
「よくはわからないが…あんたが旅してるのはたぶん、本物の星じゃなくても
 人間が持っていられそうな星を探してるんだ。あんたの星が何なのかまでは分からんがね」
「……わしゃ、おまえさんが気に入ったよ!一緒に旅をしようじゃないか!」
かくして、何故かグラン・ローヴァに気に入られたサイアムは、なしくずしに彼と放浪の旅に出る事となった…。

472 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/16 01:57 ID:???
第2話:沈黙の市〜第3章:精霊丘
旅を続けていたサイアムとグラン・ローヴァは、“暗黒の森”と呼ばれる森に差しかかった夜、
盗賊やお尋ね者がひそかに日用品や禁制の品々を売り買いする「沈黙の市」に行き当たる。
その一角にあった薬屋で、袋詰めにされた赤ん坊が取引されているのに気付いたサイアムは
グラン・ローヴァと協力してその袋を盗み出し、赤ん坊を助ける。しかし困った事には
袋に入っていたのは赤ん坊は赤ん坊でも、妖魔の子(それも2匹!)だったのである。
2匹の妖魔に「とーちゃん」と呼ばれてなつかれてしまったサイアム、冬が近いのにこの2匹を見捨てる事もできず
無人の狩小屋を見つけて、そこで越冬することになった。
「デシ」「ダシ」と名付けた2匹の妖魔だが、グラン・ローヴァいわく、小さな妖魔が人間に親しむと
良くない影響があるという。狩りや子育ての経験などあるはずもないサイアムは、悪戦苦闘しながら
2匹を「立派な化け物になるため」しつけようとする。
だがある雪の日、「森の奥の“精霊丘”には悪い気が集まってるから近付くな」というグラン・ローヴァの忠告にもかかわらず
獲物を求めて森の奥まで入ったサイアムは、吹雪の中でダシを見失ってしまう。
デシだけを連れて狩小屋に戻ったサイアムの元へ、怪我をした猟師たちが訪れ
「森の奥で妖魔の子を捕まえようとして斬りつけたら、突然大きくなって襲いかかってきた」と話す。
青くなって、ダシを探しに飛び出すサイアムに、弓矢を持っていくように促すグラン・ローヴァ。サイアムはそれを受け取る。
「弓は下手なんだ、俺…、もっと練習しときゃよかった。一矢でみんな、終わるように……」
不穏な空気を感じ取ったデシは、単身森へ向かい、匂いでダシを探し出すが、既にダシの姿は
巨体と黒い翼、そして鋭い爪をもつ異形へと変じていた。デシやサイアムを避けるようにダシは飛び去る。
結局、ダシが戻らぬまま冬は終わり、サイアムとグラン・ローヴァはデシを野に返してまた旅に戻るのだった。

516 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/18 01:47 ID:???
第4話:賢人会議
リスティスの町に着いたサイアムとグラン・ローヴァの前に現れた謎の老人集団。グラン・ローヴァは
なぜか逃げ出そうとして老人たちに取り押さえられる。
老人集団は、“東の学舎”の賢人会議の面々だった。ある懸案についてグラン・ローヴァの協力を得るため
噂を頼りにここまで来たのである。
その懸案とは“銀晶球”。星の光が地の底に結晶して生まれるというこの石は強大な魔力を持ち
竜や妖魔はもちろん、人間にも力をもたらし、たびたび歴史を揺るがしてきた。
その銀晶球がこの近くで感知されたという。賢人会議は、銀晶球の確保と運搬を
グラン・ローヴァに頼みに来たのだった。。
「わしゃ嫌いじゃ。あんなもん危ないばっかで釣りのエサにもならん」
「グラン・ローヴァ殿!わかっておいでのはずです。放っておけることではありません」
一方、会議から締め出されたサイアムは、突然彼にすり寄ってきた少女イリューシアによって
山奥の洞窟へと連れ去られ、怪しげな惚れ薬を飲むよう強要される。
「大賢者の弟子の恋人になれば、怪しまれずに同行できる」と言う彼女の身勝手な理屈に怒るサイアム。
イリューシアは、何故怒られるのか分からないという表情で事情を説明し始める。
彼女が指し示した地底の湖に眠っていたのは、巨大な水蛇…彼女の正体は、大水蛇の分身だったのだ。
太古の生き物の楽園である「西の果て」へ向かいたいが、力衰えてもはや自分の体すら動かせず
分身を介して、銀晶球の力を手に入れようとしているのだと彼女は語る。
「銀晶球の力があれば、私はここから出て海へ行けるわ。お願い…海へ連れてって…」
ただ西へ行きたいだけだと、子供のように泣くイリューシア(彼女曰くく『たった2千年しか生きてない』)を
見捨てることもできず、サイアムは彼女をリスティスへ連れ帰り、彼女の同行を認めてくれと願い出た。
「化け物連れで危険な旅ができるか!」と激怒する会議の賢者たちと、行きがかり上彼女を弁護するサイアム。
論争について行けないイリューシアと、最初から参加する気のないグラン・ローヴァをほったらかして
会議は夜中まで続いた…。

517 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/18 01:49 ID:???
第5話:封印の神殿
長い会議の末、銀晶球の捜索と、水蛇の化身たる少女イリューシアの同行を受け入れたグラン・ローヴァ。
彼とサイアム、そしてイリューシアの一行は、銀晶球を探す下準備として、アンディウル王国にある
「封印の神殿」を訪れる。神殿には、神殿を守る神官でグラン・ローヴァの悪友、神官ロクフェルの他に
パナケアと名乗る、覆面姿の男が滞在していた。
気分が悪いので神殿に入りたくないというイリューシアを外に残し、グラン・ローヴァとサイアムは
神殿の地下に通される。そこには、アンディウルの地形を正確に模した巨大な箱庭が安置されていた。
ロクフェル氏いわく、この箱庭は八百年も昔に、銀晶球を手に入れた魔女が作ったもので
箱庭に手を加えると、実際の地形も変わってしまうという呪力が秘められていたのだという。
この箱庭を使って王国を操った魔女は、その時代の大賢者に銀晶球を奪われて失墜したが
機能を失ったとはいえ、強力な呪力で作られた箱庭はうかつに壊す事もできず、ここに封印されているのだ。
そして、現実世界と対応するその呪力故に、箱庭を飾っている星のような宝玉は、本物の星に対応し
星の光の結晶である銀晶球に反応するのだとグラン・ローヴァは語る。
ところが、グラン・ローヴァが取ろうとして落としてしまった星の宝玉を、何気無しに拾い上げたサイアムは
その宝玉をうっかり壊してしまう。壊れた宝玉は、サイアムにまとわりつくように光って消えた。
「今探している銀晶球に対応する星はあれ一つしかない」と言われて、自分の失敗に落ちこむサイアム。
一方、外で待っていたイリューシアにパナケアが近付く。彼女の正体が蛇だと見抜いているらしいパナケアは
彼女の目に何やらまじないを掛ける。
翌日、一行は封印の神殿を発つ。イリューシアはパナケアにまじないを掛けられたことを忘れさせられたため
サイアムがその事実を知る事は無かったが、彼はこの旅に妙な不安を感じつつあった。

523 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/20 02:42 ID:???

第6話:石の人形
 
山間の街道を抜けて、鉱山で知られる小国ユシアに入った一行は、王を侮辱したという彫刻家が
鞭打ちの刑に処される場に行き当たった。ところが当の彫刻家がサイアムを見て
「私が王を侮辱したと言うなら、この男も同罪だ!」と叫びだし、なぜかサイアムは逮捕される。
話を聞くと、一月前にとても美しい大理石が切り出され、その石で国王の像を彫ることになったが
1週間前から調子がおかしくなり、まったく別人の像が完成してしまったのだという。
彫刻家が彫り上げたその石像を見て、サイアムはもちろんグラン・ローヴァさえ絶句した。
その像は、サイアムそっくりだったのである。それだけではなく
石像に鑿の歯を立てようとするとサイアムが痛みを感じ、逆にサイアムの髪の毛を切り落とすと
石像の髪も合わせたように崩れる。サイアムと石像が繋がっているのは間違いない。
1週間前といえば、サイアムが封印の神殿で「星」を壊した日。あの「星」を通じて、石像の中の銀晶球が
サイアムと繋がってしまったのだろうとグラン・ローヴァは推測する。
困ったのはイリューシア。彼女は銀晶球に直接触れないと力を取り出せないが、石像を壊せば
サイアムの命に関わるのは明白。石像の前で落ちこむ彼女に罪悪感を禁じえないサイアムは
ひとつの提案をしてみた。
「この像が俺とつながっているなら、中の銀晶球の力だって少しくらい取り出せるかもしれない」
自分を通じて力を送れないか、イリューシアの手を取って念じるサイアム。…だが、うまくいく様子もない。
この試みを険しい目で見つめる者があった。イリューシアの目にかけたまじないを通して
一部始終を観察していた男、パナケアである。
「……愚かな人間にとって、すべてはこんなふうに始まるのかもしれない
   始めは善意からであっても、己の手にした力を知れば、人間は必ず変る……」

524 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/20 02:46 ID:???
第7話:落ちた星
 
銀晶球入りの石像は“東の学舎”で厳重に保管されることに決まった。
銀晶球の力を手に入れる機会を失い落ちこむイリューシアを、サイアムとグラン・ローヴァは
故郷の湖まで送って行くことにする。
だが、彼女の衰弱は想像以上だった。旅の途中、水の上を妖力で渡ろうとしたイリューシアは
途中で力が尽きて沈んでしまう。だがその時、サイアムが助けようとして彼女の手を取ると
突然彼女の力が回復して浮かび上がったのだ。
サイアムの手から力が流れ込んでくるとイリューシアは語る。例の石像からサイアムの体を通して
銀晶球の力が漏れ出しているらしい。
サイアムは、ふと以前グラン・ローヴァから聞かされた「星を拾った話」を思い出す。
“そうじゃよ、わしゃ星を拾ったんじゃ。じゃが、人間が星を持っていてはいかんこともわかったのじゃ…”
グラン・ローヴァは、星は天空にあるべきと悟って星を返したが、自分は知らなかったとはいえ
星を人の世にとどめてしまったのだと気付くサイアム。
夜も眠れず悩んでいると、ふと空からなにか光るものが近づいてくるのが見えた。
銀晶球の力を求める魔物なのか?彼の前に現れたのは、金色の炎に包まれた巨鳥だった。
だが、鳥はサイアムではなく、グラン・ローヴァを掴んで飛び去る。自分でなく、木陰に隠れていたグラン・ローヴァを
まっすぐ狙ったことを不審に思いながら、サイアムとイリューシアは鳥を追う。
イリューシアは妖力で鳥に飛びかかろうとするが、力が足りず倒れてしまう。彼女に「そこから動かず待っていろ」と
指示して駆け出したサイアムは、ダシの時と同じ失策をしたことにまだ気付いていなかった…。

543 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/23 02:30 ID:???
第8話:リンフィアの罪
グラン・ローヴァをさらった鳥を追いかけるサイアム。だが鳥を追って上ばかり見ていた彼は
足を踏み外して崖から落ちそうになる。必死で崖にしがみついていた彼を救い上げたのは
忽然とあらわれたパナケアだった。崖から這いあがっているうちに見失った鳥
(パナケア曰く、金鷺という『聖なる獣』の一種)を探す当てもなく
イリューシアを置いていったところまで戻るが、イリューシアの姿はなかった。
彼女がいたはずの場所には見慣れない靴跡と馬車の轍の跡が残されており、人間にさらわれたらしいと分かる。
サイアムは、パナケアに「近くの神殿まで伝言をしてくれ」と頼むが、パナケアはそれを聞かず
サイアムに付いていくと言い張る。銀晶球を研究しているという彼に言わせると
グラン・ローヴァの庇護を離れたサイアムは危険人物だから、監視しなければというのだ。
これではグラン・ローヴァとイリューシアを同時に捜索することは出来ない。どちらを選ぶか悩んだ彼は
以前、グラン・ローヴァが人の進むべき道について語っていた事を思い出す。
「目の前にたくさんの道があるように見えても、落ちついて考えればたいてい
 すすむべき道はひとつしかないことの方が多いものじゃよ」
考えた末、サイアムはイリューシアの捜索を選ぶ。何かと挑発的な物言いをするパナケアを連れて
近くの大きな町を当たってみることになった。
一日中聞きこみを続けた夜、パナケアから銀晶球について聞こうとするサイアムに
パナケアは「精霊リンフィア」の話をする。
古代、「ことば」は精霊や聖なる獣のみが使うものだった。しかし一人の若い精霊が、人間の子に言葉を教えてしまう。
精霊達はこの人間を閉じ込めて「ことば」の流出を防ごうとしたが、その若い精霊「リンフィア」は
人間を信頼して逃がしてしまったために、「ことば」は人間世界に広まってしまい
リンフィアはこの世の終わりまで閉じ込められることになったという……
パナケアは鋭い目をサイアムに向ける。
「この世を変える力を持ってしまった男が私の目の前にいるとしたら、リンフィアのように逃がすべきか、それとも…」

544 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/23 02:32 ID:???
第9話:翡翠の小鳥
奴隷商に捕まったイリューシアは、港町フェーンの娼家「エリュシオン」に売り飛ばされる。
状況が分からずに反抗する彼女と、痛めつけて彼女を従わせようとする男達の間に割って入ったのは
妙に気品有る言葉遣いの娼婦、アタランテであった。
店から出してもらえず困惑しているイリューシアを、さりげなく慰めるアタランテにイリューシアは
ふと、ある質問をする。「ねえ、蛇は嫌い?」
唐突な質問に驚きながらも、その真剣な目に気付いたアタランテは、自分の指にかがやく蛇形の指輪を示す。
指輪になるくらいなら、美しいものの一つに数えられているのだろう、と。
その答えを聞いたイリューシアは、サイアムが同じように考えてくれれば良いのにと思いつつも
彼がグラン・ローヴァの捜索を優先するだろうと考え、もう会えないだろう彼を思って泣くのだった。
夜になって、アタランテを贔屓にする総督が店を訪れ、酒宴が始まる。
部屋の隅で宴を眺めていたイリューシアは、ふと人間の存在というものに思いをめぐらす。
賑やかに騒いでいる人々も、100年たてば皆いなくなり、この店すらあるかどうかも分からない。
かくもはかない生き物が、太古の獣たちが住めなくなるほどに世界の力を吸い込んでいるのだろうか、と…
一方で、上機嫌の提督はアタランテに贈り物を手渡す。それは鳥篭に入った、美しい翡翠色の小鳥だった。
数年前に滅んだ王国の姫君が可愛がっていたというその鳥を、提督は鳥篭から放ち
この小鳥を捕まえた女に好きなものを買ってやろうと宣言する。皆は小鳥を捕まえようと熱狂するが
飛んでいた小鳥は、まるでそれが当然のようにアタランテの指に舞い降りた。
皆が呆然と見守る中、アタランテは褒賞として、イリューシアを自分のために買いとってほしいと頼む。
アタランテの所有となったイリューシアは、すぐ彼女の許可で店から放たれることになった。
小鳥の入った鳥篭を預けられ、娼婦たちに見送られながら「エリュシオン」を出たイリューシアは
鳥篭に付けられた紋章が、アタランテの指輪と同じ蛇の紋である事に気付く。
その時、彼女の名を呼ぶ声がした。イリューシアを探しに来たサイアムが、いかなる偶然か
店を出てきたイリューシアを見つけたのであった……


565 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/24 14:20 ID:???
第10話:月をすりかえる
無事合流したサイアム、パナケアとイリューシア。サイアムは、封印の神殿へ戻り
ロクフェル神官に協力を仰ぐことに決めた。
旅の途中、弱っていたイリューシアは急速に回復する。彼女曰く、「サイアムの中の力が大きくなっている」。
一方パナケアは、サイアムが正確にイリューシアを探し当てたのも銀晶球の力だろうかと考える。
やっと封印の神殿にたどり着くと、ロクフェル神官はグラン・ローヴァがさらわれたという話を聞いて
伝書鳩で各地の神殿に問い合わせるため出かけていった。
その夜、サイアムの部屋を訪れたパナケアは、彼を「魔女の箱庭」がある地下へと連れていく。
彼から漏れる銀晶球の力を知るため、箱庭に触れてみろと言うのだ。
パナケアの疑い深さに辟易するサイアムだが、「今、導いてくれるグラン・ローヴァ殿はいないのです」
というパナケアの言葉に、しかたなく試してみることにする。
何に触れるか迷っていたサイアムは、ふと、神殿のそばの湖(の模型)の底に、海馬をかたどった金細工が
沈めてあるのに気付き、何気なくそれを摘み上げた。
意味があるかも分からぬ動作だったが、パナケアは例のごとく皮肉な調子で評する。
「これ以上ないくらいうまくやりましたよ、あなたは。ついでにその樹の枝の月を銀紙にすりかえたらどうです?」
その時は何も起きなかったが、深夜になって、やっとロクフェル神官が帰ってきたころ
突然、湖から金色の海馬が飛び出すと、湖の底の栓が抜けたように水が引いてしまったのだ。
ロクフェル神官やイリューシアは驚くばかりだが、サイアムは真っ青になる。自分の行為の結果なのは歴然だ。
「もし本当に、箱庭の月を銀紙にすりかえていたら、いったい何が起きたんだろう……」
自分の持つ力の大きさと、グラン・ローヴァの不在という重圧を今更ながらに感じ、サイアムは思い悩む。
一方イリューシアは、湖が干上がった時にパナケアが「これでもう“見張り”は終わりだな」とつぶやくのを聞いて
危険が迫っているのを察する。彼女はサイアムに、パナケアが気付く前に神殿を発とうと提案し
額に飾っていた水蛇の鱗をサイアムに渡す。「これはなくなった時に一番効果があるの」という
謎めいた言葉と共に…。

566 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/24 14:22 ID:???
第11話:沈思の塔
ここでようやく、話はさらわれたグラン・ローヴァの視点に移る。金鷺に運ばれたグラン・ローヴァは
何日も運ばれた挙句、不思議な森へ降ろされる。そこに現れたのは、ディルフィアと名乗る精霊だった。
彼の説明で、グラン・ローヴァは今いる場所が精霊の王都「シーレラデュア」であると気付く。
ディルフィアに案内されて、王都の奥へ入っていくグラン・ローヴァ。途中、都を守るために張り巡らされた
壁のように流れる水性大気の川、シーズグレール川に行き当たるが、人間は通れないはずの川を
グラン・ローヴァは楽しげに泳ぎ渡って見せる。
「大抵の人間は欲や穢れの重さに引きずられて海へ流されてしまうのですが…驚いたお方だ」
都の中心部に入ったグラン・ローヴァは、例によって気ままに散策するうち、美しく輝く塔を目にする。
それは「沈思の塔」。人間に「ことば」を教えてしまった精霊リンフィアが閉じ込められたこの塔の中で
彼は世界中の人間の行いを見せられ、人間の愚行には沈み、喜ばしきことには唱和するように輝くという。
やがてグラン・ローヴァは王宮に通され、精霊の王に接見する。精霊王が持ち出したのはサイアムの話だった。
彼ら精霊は予見の技によって、銀晶球の力を持つ人間が禍をなすだろうと数百年前から予見していた。
もし、彼が本当に禍をなすなら、リンフィアのように閉じ込めねばならない。彼を引き渡して欲しいという精霊王に
グラン・ローヴァは、はぐらかすように言う。自分が大賢者などと呼ばれるのは、何にもとらわれないからだと。
“…そうして、自分のしたいようにだけなさるつもりか?” 「…自分のやるべきことだけをやるんじゃよ」
会見の結果、精霊王のほうが折れ、この場は引いて、グラン・ローヴァも元の場所へ送っていくことになった。
連れが心配しているからと、宴の席も早々に切り上げるグラン・ローヴァ。その時彼はふと気付いて
ディルフィアに尋ねる。「パナケアという名前に心当たりはないか?」と。
ディルフィアは答える。パナケアとは我々の言葉で「宿り木」のことだが、そういう名前の精霊はいない、と。
グラン・ローヴァが帰った直後、沈思の塔が美しく、だがどこか悲しく輝く。賢者の来訪を喜ぶように…。

574 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/26 02:54 ID:???
第12話:石の闇
神殿を抜け出したサイアムとイリューシアは二人でリスティスを目指すが
イリューシアは「誰かにずっと見られている」と怯え続けていた。
追われているのは自分だと考えたサイアムは、イリューシア一人で妖力を使い、故郷の地底湖へ
帰るようにうながすが、それを聞いたイリューシアは泣きながら走り去ってしまう。
ここに至ってようやくサイアムは、彼女がずっとサイアムの身を心配してくれていたのに
自分の方から別れ話を切り出してしまったという状況に気付いたのだった。
慌ててイリューシアを探すサイアムの前に、どうやって追いついたのかパナケアが姿を現す。
敵意をあからさまにするパナケアを見てサイアムは気付く。彼が注目していたのは銀晶球ではなく
いつも“銀晶球の力を持つ人間”の方だったことに。
正体を見せない相手に身を任せる気はないと、パナケアの面衣を剥ぎ取るサイアム。
その面衣の下から現れたのは、輝かんばかりの容姿と長い金色の髪……パナケアは精霊だったのだ。
正体を晒したパナケアは、サイアムを糾弾する。人間であるお前は、やがて銀晶球の力を悪用するはずだと。
リンフィアの罪の伝説も、パナケアにとっては親友と引き裂かれた現在の記憶だった。
「私は彼と違って、人間を許してやる気にはなれない…憎んでいるといってもいい、この小賢しい獣どもを!」
サイアムを気絶させて連れ去るパナケア。その時、イリューシアの額飾りが落ちた事に彼は気付かなかった。
一方、森の奥で泣いていたイリューシアは、サイアムが金鷺に乗せられ連れ去られるのを目撃する。
このまま走っても追いつけない…決心した彼女が念じると、その姿が消えうせ、同時に山のふもとから
巨大な蛇が這い出す。サイアムを追うため、彼女は全精力を使って水蛇の本体を動かし始めたのだ。
追われているのに気付いたパナケアは、岩場へ降りると、サイアムを洞穴に放りこんでその入り口を塞ぐ。
入り口を塞ぐ瞬間、黒い翼を持った影が洞穴に飛びこんだが、彼はそれを気に留めなかった。
洞穴の黒い影は、奥で死んだように眠るサイアムを見つけ、その身をすり寄せながら涙を流す。
「……とーちゃん……」それは、かつてサイアムが生き別れた妖魔、ダシだった。

575 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/26 02:55 ID:???
第13話:黒く染まる
サイアムが気絶しているうちに、洞窟の天井に穴をあけて脱出したダシ。サイアムを今も慕いながら
怪物と化した自分の姿を見られたくないとも思うダシは、顔を合わせずに彼を助けようとする。
やっと目覚めたサイアムは、天井の穴から食べ物や水を放りこんでくれる「誰か」が味方だと推察し
「近くの人里に連絡してくれ」と頼む。それが相手にとって残酷な頼みだとは知らぬまま…。
ダシは近くの鉱山へ飛び、そこで騒ぎを起こして人を引きつけようとする。だがそのとき
ふもとの里から警報の鐘が響いてきた。巨大な蛇が暴れているという。…イリューシアだった。
慌てふためく里人の前にパナケアが現れ、あの蛇は見た目より弱っているから弓で攻撃しろと指示する。
冷静さを欠いた村人達は、パナケアの素性を問うことなくその指示に従い、蛇に矢を射掛け始めた。
全身に矢を受け傷つくイリューシア。そこへダシが割って入る。彼女とサイアムの関係も見ていたダシは
彼女をかばい、近くの湖へと誘導する。
そのころサイアムは、天井から舞い落ちてきた黒い羽根を見て、ダシのことに思い至る。
助けてくれた「誰か」がダシに違いないと気付いたサイアムは、外にいる気配に向かって語りかける。
自分もグラン・ローヴァも、お前の事をいつも気にかけていたと。
そう語るサイアムの手に、天井からしたたる雫…声もなく泣いているダシの涙だった。
サイアムを助けるため、傷ついた翼でなおも飛び立つダシ。その姿を、パナケアが遠くから眺めていた。
仕事の仕上げとして、ダシを叩き落せと金鷺に命令するパナケア。だが金鷺は突如、命令を拒否する。
驚いたパナケアがふと見ると、彼の髪はその先端から、どす黒く染まっていた。
「あなたの髪をごらんなさい……それは黒ではない、闇の色です」
金鷺はパナケアを見捨てるように飛び立ち、パナケアはただ呆然とそれを見送る。
同じころ、山の上を飛んで来る者があった。精霊の都から、聖なる獣の一種“銀炎馬”に乗って戻ってきた
グラン・ローヴァである。彼が、どうやってサイアム達を探せばいいか困っていると、地面で光るものがある。
それは、小さな虹だった。イリューシアの額飾りが、誰かを呼ぶように輝いていたのだった。

11 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/28 15:35 ID:???
第14話:赤い傷
矢傷を受け、水底で苦痛にうめくイリューシア。だが体の傷以上に彼女を苦しめるのは
パナケアがサイアムにもこんな傷を負わせたかもしれないという恐れと憎しみだった。
彼女の心に、暗い憎悪が溜まりつつあった…。
一方、洞窟に閉じ込められていたサイアムは、ダシに手伝ってもらって洞窟を抜け出すが
ダシはサイアムと顔を合わせるのを恐れ、飛び去ってしまう。
困惑するサイアムの頭の上にグランローヴァが降ってきた。サイアムを見つけて銀炎馬の背から飛び降りたのだ。
「これを見つけたので、近くを捜していたんじゃ」と、グランローヴァが差し出したイリューシアの額飾りを見て
サイアムは「このお守りは、なくなった時に効果があるの」という彼女のことばを思い出す。
 
森の奥で、黒く染まった髪を黙々と洗うパナケア。その眼前にイリューシアが姿を現す。
彼女の服は今や血のように赤く染まり、胸元にはやはり血の色をした首飾りが下がっていた。
彼女に呼ばれたかのように、無数の水蛇がパナケアを取り囲み、襲おうとする。
そこへイリューシアを捜しにきたサイアムが現れ、彼女を制する。蛇が離れたのを見て逃げ出すパナケア。
サイアムはイリューシアに手を差し伸べるが、彼女はそれを拒絶するように消えた。
戸惑うサイアムにグランローヴァは、彼女の本体が近くの湖にいることを伝える。
イリューシアに会うため湖へ向かったサイアムは、彼女が村人たちから矢を射掛けられたことを知った。
彼女を心配して湖のほとりに駆けつけたサイアムの前に、イリューシアが水蛇の本体とともに姿を現す。
巨大な水蛇と怒りに満ちたイリューシアのすがたに思わずたじろぐサイアムに、彼女は言う。
「あなたもほかの人間とおんなじよ!自分たちと違うものや醜いものが怖くてキライなのでしょう!
 ダシがどうして逃げていっちゃったと思うの!?あなたにそんな目で見られたくなかったからじゃない!
 サイアムの馬鹿!あなたなんか大嫌い!!」
泣きながら叫ぶイリューシアを、サイアムは無言で抱きしめることしかできなかった。
夜になって、やっと落ち着いて眠りについたイリューシアを眺めつつ、サイアムは呟く。
「俺の目の前で、ダシや、イリューシアや、パナケアが…変わっていってしまう。俺はいったいどうしたらいいんだろう…」

13 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/29 16:30 ID:???
第15話:過ちを呼ぶもの
サイアムを避けて飛び去り、森の片隅で縮こまるダシ。そこへパナケアが現れる。
自分を受け入れてもくれない人間のために働くダシを、愚かと笑うパナケアだが、ダシはその挑発を切り返す。
「わしらはお仲間だし。黒くなったのはとーちゃんのせいじゃない、憎しみがわしらを変えたのよ。
 そんな真っ黒い血が、体中に回っちまったんだし」
図星を刺されて怒り、ダシに打ちかかろうとするパナケアを呼び止めたのは
精霊の都でグランローヴァに応待した精霊、ディルフィアであった。
 
久しぶりに三人そろったサイアム、グランローヴァ、イリューシアは、とりあえずイリューシアを故郷の湖へ送るため
湖伝いに近くの川を目指すことに決めた。出発前にダシを捜そうとしたサイアムは
パナケアとディルフィアが言い争うのを目撃する。
ディルフィアはパナケアを「セレンフィア兄上」と呼ぶ。パナケア=セレンフィアの弟であるディルフィアは
先にグランローヴァから「パナケアという名を知ってるか」と聞かれたときに、兄セレンフィアが人間を
「世界という木を絞め殺してしまう宿り木(パナケア)」と評していたのを思い出し、彼を捜しにきたのだ。
人間のことは人間に任せるべきだと説くディルフィアに、パナケアは怒りを込めて反論する。
そんな事なかれな態度が間違いだ。サイアムは必ず、災いの種をまき人の過ちを呼び寄せるものになると。
リンフィアのように世の終わりまで幽閉することと、自分がサイアムをひとおもいに殺すことに大した差はないのだと。
「例えこの身が闇に染まり、おぞましい妖魔になろうともかまわない。
 世のすべてが誤ったほうへ流れていくのなら、わたし一人でもくいとめて見せる!」
不吉な宣言をするパナケアに、サイアムはなぜか憎悪ではなく、痛々しさを感じ取るのだった。
夜になってサイアムは、イリューシアに銀晶球の力を送りながらふと考える。自分にできることは少ないが
見えるものすべてをよく見ようと。イリューシアからも目を離すまいと。そのとき、イリューシアがこちらを向いた。
「いま…呼んだ?」
「わかったのか?」
「ええ、聞こえたわ」
久しぶりにサイアムに笑顔を向けるイリューシア。しかし、一行を遠巻きに見守る村人たちのさらに後ろからふたりを監視するパナケアの姿があった。

29 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/30 19:38 ID:???
第16話:ねじれた角の獣
最初の湖を出発してから5日後、一行は地底湖へとたどり着いた。
これからどこへ行くか、グランローヴァにお尋ねるサイアムだが、グランローヴァは
「自分の旅なのだからしたいようにすればいい」と言う。
「俺、今まであんたの旅に俺がくっついてると思ってたんだけど」
「たしかに、わしらはみんな旅の道連れじゃが、3人ともそれぞれ自分だけの旅をしてるんじゃよ。
 助け合えるけど、けして同じ旅はできないんじゃ。」
それならば、とサイアムは、各地の「銀晶球の遺物」を見て回りたいと提案する。
人間がなしてきたこと、パナケアやリンフィアが見てきたであろうものを見ることがサイアムの望みだった。
まず一行は、西にある遺跡に向かう。そこで彼らを出迎えたのは、ビフロストと名乗る老学者であった。
封印の神殿からの伝書鳩で一行について知っていたと言うビフロストは、彼らを洞窟の奥へ案内する。
そこにあったのは剥製の動植物が並ぶ庭園であった。精霊に憧れていたビフロストの師は
銀晶球の力を使い、ここに太古の楽園を再現しようとしたのだという。
だが、突然現れた精霊に銀晶球を奪われ、庭園から生命が失われ、彼の師は失意の内に死んだ。
さらに研究の成果として、ビフロストは1個の卵を取り出す。サイアムがその卵に手をかざすと
銀晶球の力に反応して卵が孵り、ねじれた角と翼を持つ子犬が生まれた。
この子犬はビフロストが自ら造り上げた生物であり、この研究を発展させれば
滅んだ種の再生や、老いや病のない体を得ることも可能であると彼は熱っぽく語る。
だが、間もなく子犬の角と翼は剥がれ落ち、ビフロストは悲しげに言う。
「失敗したのは、私がまだ未熟だったころに造った卵だったからだ」と。
若い頃にこの研究に魅せられた彼は、銀晶球がなければ実験一つできないのを承知の上で
三十年間もこの地で研究再開の日を待っていたのだった。力を貸してくれと頼むビフロストにサイアムは答える。
「俺も学んで変わらなければすぐには決められない。 だから、必ずここに戻ってくる。
その時までに、せめてあなたへの答えくらいは用意できるようにするから…」
約束してこの洞窟を去るサイアム。彼は二度とここへ訪れることはなかったが、約束は意外な形で
果たされることになる…

30 :グラン・ローヴァ物語 :04/03/30 19:40 ID:???
第17話:水に溶ける黄金
剥製の庭を後にした一行は、グランローヴァの案内で、次の目的をシャロワ王国の「火の船」に決める。
その旅の途中、一行は風変わりな老人に行き合った。
グランローヴァと意気投合してついてきた老人は、イリューシアの首飾りを見て
「悲しい念がこもっているようじゃ。外した方がいいよ」と指摘する。だが、それはできないことだった。
その首飾りは、分身として具象化したイリューシアの悲しみそのものだから。
その夜野宿した広場で、老人はかまどを作り、何やら仕事を始める。やがて出来上がったのは
イリューシアの手に合う、金色の蛇を象った腕飾りだった。老人は金銀の細工師だったのである。
腕飾りをもらったイリューシアは喜ぶ。物をもらったことよりも、老人が自分の真の姿を
無意識の内に見抜き、美しいと見てくれたことが嬉しいらしい。
だが翌日、イリューシアが川に手を浸していると、金の蛇はするりと動き出して消えてしまった。
皆は驚くが、老人だけはなぜか喜ぶ。話を聞くと、彼は若い頃に、銀晶球を見つけたのだと言う。
銀晶球は夜のうちに、溶けるように消えてしまったが、それ以来彼の会心の作品は
みな、動き出して消えるようになったのだと、老人は語る。
良作は消えてしまい、手元に残る「駄作」に興味はないとどこか誇らしげに語る老人。
「じゃ、あんたいったい何のために作るんだよ」
「さあねえ。でも、誰に誉められなくても、何一つ残らなくても、人間のやる“いいこと”なんて
 そんなもんじゃないかのう…」
笑って去っていった老人を見送って、イリューシアは涙を流す。アタランテやあの老人のように
いい人達に会えてよかった。これからどんな嫌な人間に会っても、怖くて悲しい思いをしても
たとえサイアムが、自分を人間の女の子のように好きになってくれなくても
ぜったいに人間を嫌いになることはない…と。
だが、そんな余韻を打ち砕くように、数人の兵士達が一行の前に現れる。
シャロワの王の使いだと言う彼らの背後には、パナケアが不適な笑みを浮かべていた。

41 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/02 03:16 ID:???
第18話:離散
シャロワ王国にて、都へ連行される一行。サイアムが兵士たちから聞かされた話によると
王位についたばかりの新王に対し、彼の叔父が不服をとなえ、反乱を計画しはじめたらしい。
パナケアは、不安にとりつかれた若い王に、銀晶球の力で戦に勝つ方法を吹き込んでいるのだ。
サイアムは、密かにイリューシアに告げる。妖力を使ってグランローヴァと共に逃げてくれと。
彼女を邪魔にするのではない、彼女を信じているから、“東の学舎”への伝令を頼みたいのだと。
自分の役目を理解したイリューシアは、夜中になってグランローヴァと共に脱走する。

その頃、森のはずれで金鷺を見かけたダシは、その姿を追って飛ぶうちに
精霊の都まで入り込んでしまう。シーズグレール川で溺れかけた彼は、川にすむ鰭竜に救われた。
それが、“沈思の塔”からもたらされたリンフィアの配慮であることを知らぬまま、ダシは都の奥に入る。
そこでは、パナケアが人間の戦争を画策しているという報告に基づき
パナケアと、銀晶球の力を持つサイアムを逮捕、幽閉せよとの精霊王の勅命が下されていた。
一方で、人間の賢者たちが集う“東の学舎”では、グランローヴァ行方不明の伝書に基づき
緊急会議が開かれていた。大賢者の行方不明と、彼が庇護していた若者を結び付けて考えた賢者たちは
大賢者の捜索と共に、サイアムの身柄を“学舎”で拘束すべしとの決定を下し、船団を用意する。
時が、大きく動き出していた。
 
一夜明けて、イリューシアとグランローヴァの脱走に気づき、動転する兵士たち。
だが、パナケアはそれに動じた様子もなく、サイアムを睨みつける。
「君はいつか私に言ったね。銀晶球の力を手にしても、悪いことも愚かなこともしないと。
 シャロワで、君が本当にそのことばをつらぬき通せるかどうか、楽しみにしているよ……」


42 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/02 03:17 ID:???
第19話:火の航海
イリューシアとグランローヴァは、地底湖の真上にある森で目を覚ます。妖力による転移は成功していた。
彼女の手には、以前消えてしまった金の蛇の腕飾りが戻っており、この蛇が自分を守ってくれたのだと
イリューシアは感じる。二人は川伝いに港を目指して進み始めた。

一方サイアムは、シャロワの役人から詳しい説明を受ける。シャロワが、銀晶球で動く兵器
“火の船”を保有しているのは事実だ。だが、その“船”を動かす銀晶球は最初から存在しない。
「シャロワ王家は超兵器を保有している」というハッタリのみが、彼らの武器だったのだ。
だが、この事実を知っている先王の弟エフタル公に、このハッタリは通じない。
内乱を防ぐためには、もはや“火の船”の威力を実地に示すほかはないと、役人は訴える。
報酬として、彼らは大粒の宝石を差し出すが、サイアムが宝石に触れると宝石はどす黒く変色する。
それは、血の色だった。宝石をめぐって流された血の黒さを、なぜか彼は見通すことができたのだ。
宝石を捨て「俺を閉じ込めても無駄だ」と言うサイアム。痛めつけても気を変えない彼に、パナケアは言う。
「あの剥製の庭に行ったのなら、私がどんな切り札を持っているのが気がついてもいいと思うがね」
そう言ってかざすパナケアの手のひらから、銀色の輝きが見える。
剥製の庭から銀晶球を奪った精霊こそ、彼パナケアであった。
銀晶球を実際に提供したのが誰であれ、サイアムは人間の愚かしさを見せつけられることになり
事情を知る者は、サイアムが報酬目当てに銀晶球の力を与えたと思い込む…それがパナケアの狙い。
鎖に繋がれたサイアムの前で、パナケアは銀晶球を開放し“火の船”を起動する。
その夜、海を隔てた隣国からも見えるほどの巨大な火柱が、天を焼くかのようにそそり立った…

55 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/03 12:24 ID:???
第20話:思い出せない真実
シャロワの王都では戦勝パレードが開かれていた。“火の船”によってエフタル公の城は落ち
内乱が回避された祝いだと。だが、一部の人間は知っていた。“火の船”は城だけでなく
周りの村々や鉱山も含めた、領地そのものを消し飛ばしてしまったのだと。
パナケアはすべての原因がサイアムにあるかのように言いつのり、彼を追い詰めようとする。
だが、サイアムはその挑発に、静かに言い返した。
「あんた、以前は手袋なんかしてなかったよな…いつからするようになったっけ?
 よかったらその面衣もここで外して見せてくれよ。あんたが自分の言うことを正しいと思っているなら」
闇に染まった己の変異を見透かされたことより、サイアムが向けた視線が怒りでも憎しみでもなく
哀れみであったことに、深く動揺するパナケア。

一方で、港についたグランローヴァとイリューシアは、賢人会議の船団に合流する。
シャロワの事件をサイアムの仕業と見た会議の面々は、彼に対する疑念に満ちていた。
イリューシアはサイアムを弁護しようとして、彼が銀晶球の力を使えたことを漏らしてしまう。
だが、監督不行き届きを追求されたグランローヴァは、ただ飄々と語るだけであった。
「放っておいたんじゃないよ。あんたたちはいつもそうじゃのう。この世で一番大切な真実を
 いとも簡単に忘れてしまうんじゃから」
その忘れた真実とは何か、グランローヴァはそれ以上語ろうとせずシャロワに向う。

その頃、幽閉されていたサイアムは、兵士たちの間に銀晶球の力に対する恐れがあるのに気付き
詐欺師時代の口八丁でパニックを演出し、シャロワの城を脱出した。
国境の近くで、彼を探していたという精霊ディルフィアに再会するが、そこにダシが割って入った。
今や、精霊も賢人会議も、彼を危険人物として捕らえようと躍起になっている。
ダシと共に逃げた彼は、厳しい選択を迫られていた。

56 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/03 12:25 ID:???
第21話:最初の願い
ダシと再会し、しばし平穏なひとときを過ごすサイアム。イリューシアとの出会いを乗り越えた彼は
異形と化したダシの姿も、ごく当たり前に受け入れることができた。
だが、のんきな会話の中で、サイアムはすでにひとつの決意を固めていた。
銀晶球の力をどう扱うか、精霊王と話をつけなければならない。たとえそれが自分の幽閉を意味するとしても…
サイアムの身を案じて止めようとするダシを説き伏せ、彼は精霊の都へ向かう。

見る影もなく荒れ果てたエフタルの港で、ディルフィアはパナケアを発見し、涙を流す。
人間と異なった視覚を持つ彼の目に、闇に染まりきった兄の姿は黒いもやとしか見えなかったのだ。
「あの男が一番最初に望んだことがすべての鍵だったのだ」と熱に浮かされたように語るパナケアを
気絶させ取り押さえるディルフィア。しかし穢れた彼の身に触れつづけることはできず
やむを得ずディルフィアは、近くまできていた賢人会議の船にパナケアの身柄を預ける。
ディルフィアと賢人団、そしてグランローヴァとイリューシアを交え、彼らはパナケアの言葉の真意を考える。
「何が起こるか、もうわしにも見当がついとる。でもね、本当に大切なのは何が起こるか知ることじゃない。
 知った後でどうするかじゃよ。今度はあんたたちが問われる番じゃ」

サイアムとダシはシーズグレール川へやってきた。以前出会った鰭竜を呼んで通ろうとするダシを遮るように
突如美しい光が川を分け、道を開く。道の先に輝く塔が、“沈思の塔”であるとサイアムは直感した。
「感じる?とーちゃん。こんなにきれいであったかい光なのに…何だか、声をあげて泣いてるみたいだしよ」
「行こう、ダシ。とーちゃんのそばを離れるなよ」
水と光に囲まれた道を通り、ふたりは精霊の都へ足を踏み入れた。


82 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/04 14:48 ID:???
第22話:木の塔 岩の塔
光に導かれて、精霊王の城へと向かうサイアム。都の精霊たちは人間の侵入に驚くが
彼が光に導かれているのを見て、追い払うこともせず遠巻きに見守る。
ついにサイアムは精霊王と接見し、会話を始めた。精霊王は、銀晶球を持つ人間が精霊と世界に
破滅をもたらすという予言の存在を告げ、サイアムは「破滅」の正体を知るためにここに来たと語る。
そのとき、怒気を含んだ声が割って入る。振り返ったサイアムが見たのは黒い影。
幽鬼のごとくになりはてた、パナケアの影であった。

同時刻、不吉な予感に駆られたイリューシアはパナケアの部屋をあらためようとするが、なぜか扉は開かない。
なにかが起ころうとしているのだと気付いたイリューシアは悲鳴を上げる。
「やめて!やめてパナケア!サイアムを殺さないで!」

パナケアの影はサイアムに告げる。おまえの最初の願いは水蛇の娘に力を与えることで、それは成功した。
だが、巨大な銀晶球の力がそれで終わることは決してない。力はおまえの手から漏れ出し
おまえの触れた人間すべてに渡り、さらにその人間が触れた人間へと伝わり、とどまっていく。
そして遠からず、すべての人間が銀晶球の力を手にすることになるのだ、と。
「全ての人間どもが、山を崩し、湖を干し、生き物の姿を変え、火の船を放つ力を手に入れるのだと思ってみろ!
 今ここでおまえを殺せば、そのすべてを防ぐことができるのだ!!」
その手に雷を持ち、サイアムに打ちかかろうとする影。だが、その瞬間、影の手に何かが絡み付き動きを封じた。
それがイリューシアの腕飾りだとサイアムが気付いた瞬間、地面から黒い岩が飛び出し、影を閉じ込める。
全てが終わったとき、精霊の都にも、そして賢人団の船にもパナケアの姿はなかった。

サイアムは、パナケアに告げられた「破滅」の正体に強いショックを受け、ひとりたたずむ。
自分の行動だけなら、責任をとると言うことはできる。だが、全ての人間が銀晶球を善用するなどと
信じることはとてもできない……

83 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/04 14:48 ID:???
第23話:星のあかり
ディルフィアに案内され、精霊の都へ駆けつけたグランローヴァとイリューシアが見たものは
大きな木の塔のかたわらで泣くダシの姿だった。サイアムはこの木の中に取り込まれたのだという。
精霊王は語る。この地は生き物の思いに強く反応する。パナケアを閉じ込めた岩の塔も
サイアムを閉じ込めた木の塔も彼らの思いの結果。サイアムは自ら閉じこもることを選んだのだと。
精霊たちは、サイアムは世界のために己の身を捨てた偉人だと称えるが、イリューシアは納得しない。
「皆が銀晶球の力を持てば、私はいろんな人から力をもらえて、今よりずっとすみやすくなるかもしれない。
 だって、私が出会った人は悪い人ばかりじゃなかった!なぜ、閉じこめて何もかも終わらせようとするの!
 ……なぜ、希望を持ってはいけないの…?」
状況を静観していたグランローヴァは、とーちゃんを助けてと願うダシの言葉を受けて、木の枝に星のあかりを下げ
木の塔に篭ったサイアムの心へとかざす。
グランローヴァと相対したサイアムの心は語る。人間は精霊のようには生きられない。ずっと争いを繰り返す。
今以上に悪くなることが防げるなら、自分みたいにつまらない奴が一人いなくなっても構いはしない…
だが、グランローヴァは静かに、だが断固としてその考えに反論する。
わしらは魚を食べるが、魚がわしらを恨むことはない。彼らは人間の善し悪しに関係なく、自分を食べることを
許してくれるのだ。それは、他の動物に草木、大地に大気に至るまで同じこと。
「わしはいつでも忘れたことないよ。たった今こうして息をしていられるのも、
    世界中ぜんぶが、生きることを許してくれてるんだってね………」
それが、大賢者が知っているというたったひとつの真実。どんなつまらない人間であっても
生きていていいのかどうかなんて、ひとりで考えて決めることではないのだ。もう少しみんなと話をしよう。
グランローヴァの説得に応じ、ついにサイアムは木の塔から姿を現す。
今や彼は多くを理解していた。イリューシアやダシたち、太古の生物の無限の慈悲を。
そして、リンフィアの信頼に愚考をもって応える人間を見て、誰よりも傷ついたパナケアの苦悩を。
「こんな簡単な真実を、ほんとうに人間は忘れずにいられるんだろうか?ほんとうに───」

98 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/05 01:02 ID:???
最終話:千年の門
ひとつの事件が終わったが、その爪あとは大きかった。イリューシアはサイアムを助けようとして
その命と力のほとんどを失ってしまった。また、精霊の都はパナケアの憎悪の岩によって汚され
多くの精霊がここを去り、西の果てへ去っていくことになった。
西の果てには、千年に一度だけ、太古の生き物のために用意された異界へ通じる門と
その門が開くのを待つために用意された「たそがれの島」があるのだという。
イリューシアは、精霊たちと共にたそがれの島へ運ばれ療養することになったが、もう一人
グランローヴァも、特別の招待を受けてかの地へ赴くことが決まった。
老賢者の(例によってお気楽そうな)決断を知って驚くサイアム。今やグランローヴァを深く尊敬していた彼は
その決断に、自分たち人間が見捨てられたかのような寂しさを覚えていた。
グランローヴァはサイアムにやさしく語る。人間はやがて世界を手に入れると。世界をすっかり壊してしまうことも
精霊たちのように世界の声を理解できるようになる可能性も同じように残されているのだ。

出発の日、別れを告げに港へ来たサイアムにイリューシアは涙を見せる。
「私、ずっと最果ての国を夢見ていた。でも、ここが生まれた国だもの。ほんとはここに住みたかった。
 できることならいつまでもずっと、ここで暮らして行きたかったの!」
それがもう不可能なのだと、二人とも承知していた。やさしい少女の最後の叫びをサイアムは心に深く刻む。
船が去っていく。グラン・ローヴァはもういない。人間と世界の行く末は誰にも分からない。
自分で自分を導くしかないのだ。自分の中の、大いなる力で……

かつて精霊の都だった地を嵐が吹きぬける。風と雷に打ち倒されたパナケアの岩に、優しく触れるものがある。
今なお美しく輝く沈思の塔から届く、リンフィアの心だった。
“セレンフィア  …気付かなかったでしょう  いつも  どんな瞬間も  あなたのそばにいましたよ
  さあ  私たちはここにとどまって  世界の行く末を見届けましょう ───”

99 :グラン・ローヴァ物語 :04/04/05 01:02 ID:???
エピローグ
にぎやかな地方都市の市場を、悠々と歩く男がいる。その顔にはいつも優しい笑みを浮かべ
出会った人と、誰とでも気安く握手を交わす……エセ賢者から、今や本物の賢者となったサイアムだ。
そして、その後ろには、彼を「グラン・ローヴァ様」と呼んで慕う少年の姿があった。
グラン・ローヴァはもういないと寂しげに語るサイアムに、少年は“東の学舎”で聞いた話を披露する。
放浪の賢者グラン・ローヴァの称号は、学舎が授けるものではない。
何時の間にか、皆が自然とそう呼び始めるものなのだ、と……。
その少年を見て、サイアムは思う。やがて彼も、自分だけの旅をするのだろう。
自分が、あの陽気な老人と共に、自分の旅をしてきたように。
 
“暗黒の森”の外れで、黒い翼を持つ妖魔が、人間から助けてきた同族の子に懐かれて困っていた。
「歴史は繰り返す」ということばの重みをしみじみ感じたりしている妖魔は、子供たちに語り出す。
自分と、自分の「とーちゃん」と「じーちゃん」にまつわる、長い長い物語を ─────

105 :マロン名無しさん :04/04/05 02:17 ID:???
グラン・ローヴァ物語(全4巻):作者/紫堂恭子
初出は潮出出版だが、現在は角川書店。
装丁は潮出出版の方が上質だが、角川版は各巻に
書き下ろし短編が載ってます。


106 :マロン名無しさん :04/04/05 02:27 ID:???
↑蛇足な追加。
同作者の作品の「辺境警備」は「グラン・ローヴァ物語」から
150年後の世界の話です。
舞台は違う国で、話的にはつながりはありませんが
ちょっとしたキーワードやエピソードが見えかくれしてます。
こちらは全6巻+1巻。

また、「辺境警備」と隣接する舞台の話
「東(エド)カール・シープホーン村(全2巻)」
ってのもあります。