キャリアこぎつねきんのもり/石井まゆみ
81 名前:キャリアこぎつねきんのもり[sage] 投稿日:皇紀2665/04/02(土) 00:22:34 ID:???
條辺早歩は一流ホテルの顧客サービス部に勤めるキャリア女性。
忙しく日々を過ごす彼女のもとに、條辺家の顧問弁護士・十川が訪ねてくる。
今の早歩の生活には殆ど関係がないのだが、條辺の本家は旧家で資産家。
その当主が亡くなり、早歩に遺された遺産は…狐の面をかぶった大きな市松人形?!

十川が「童子(わらし)さま」と呼ぶその人形は、亡くなった女当主の遺言で條辺家の女性に遺されたのだが、これまでの相続人はみんな「童子さま」にふさわしくなかったため、最後にたどりついたのが早歩だという。
一度は辞退した早歩だが、結局三ヶ月だけという条件で人形の面倒を引きうけることに。
十川は早歩が條辺家の資産に興味を見せないのに関心を持ち
「今度の行き先は、口はキツイけどそう悪い人じゃないらしいですよ」
などと童子さまに声をかけて去っていった。

十川が去り、人形に触れて早歩は驚愕する。
童子さまは、身動きしないで眠っていた、正真正銘にんげんの女の子ではないか…!

慌てて再度連絡をとろうとしても十川は捕まらない。
口うるさいので敬遠していたおばの夏子といやいや連絡をとってみると、童子さまは亡くなった女当主・綾子さまのひ孫で、本当の名前は緋和子。
両親を交通事故で亡くして以来、口をきかなくなり、狐の面も決して外さないのだという。
綾子さまは條辺の女達の間で緋和子を育てろと遺言したのだが、どの家庭も十川の眼鏡に適わず、童子さまははとこにあたる早歩のところまで流れてきてしまったのだ。

夏子おばは童子さまを自分のところに戻すようにとしきりと早歩に訴えるのだが、それもそのはず。
童子さまの後見人には養育費として二億円が譲られるというのだ。
後見人になる条件は、童子さまが自分で「(緋和子という本名ではなく)親から呼ばれていた名前」を口にするか、自分から狐のお面を外した相手。
夏子は童子さまの後見人になろうと焦るあまり干渉しすぎ、その姉の冬香おばに至っては、しつけと称して緋和子の手を縛り付けたことがあるらしい。
どちらにも童子さまは渡せない…。

82 名前:キャリアこぎつねきんのもり[sage] 投稿日:皇紀2665/04/02(土) 00:26:49 ID:???
早歩の奮闘がはじまった。
子供のために自分の仕事と生活のペースを崩すつもりはないと宣言する早歩を十川は鼻で嗤う。
ただでさえ育児の経験などない上に、童子さまは口をきかず、面も外さない。
お風呂は脱衣カゴにしていた大きなバケツで、鍋ぶたを顔にかぶせたままいれる事でクリア。
お腹がへっているとき、お腹が痛いときの合図も決めた。
大きな雛飾りを組み立てるために、十川と二人がかりで夜中まで作業することになったが、呼びつけた十川は厭な顔ひとつしなかった。

十川の采配で託児所に入ることになった緋和子だが、狐の面を他の子供たちが怖がって追い出されてしまう。
やむなく職場に連れて行くが、あくまで人形としてなら…かまわない…かも…と上司はむにゃむにゃ。
ひな菓子をあげたりして、意外と緋和子がかわいいらしい。だが、子連れ出勤なんて許されるのか、とねじこんできた別部署の社員に、室長は思わず緋和子の前で「これは人形だ」と言い張ってしまう。
その言葉に、大事なひな菓子が膝から落ちてこぼれてしまっても緋和子は身動きひとつしなかった。
その姿に、かつて「お前は人形だ」「人形になれ」と誰かに強いられたことがあったのでは…と、早歩は緋和子を不憫に感じる。

十川からはこまめに連絡が入る。大人にとってはたかが三ヶ月でも、緋和子にとっては毎日が長い一日。
「その一日の積み重ねでこれからの童子さまが形作られていくのです」
その言葉に、早歩は緋和子と過ごす日々の重みを感じる。


83 名前:キャリアこぎつねきんのもり[sage] 投稿日:皇紀2665/04/02(土) 00:28:25 ID:???
ある夜早歩のマンションにサングラスの若い女が押しかけてくる。
緋和子を渡せ、私は母親だと言いはる彼女だが、緋和子は怯えて震えるし、どうもおかしい。
早歩が一喝してひとまず追い返した。
彼女の正体は緋和子の母の妹。血縁者としては緋和子に一番近いが、條辺の家の人間ではないから後見人たる権利は生じないのだが…。
二億円目当てに、嫁ぎ先と離縁して條辺姓に戻ろうとする親戚も出てくる始末で、緋和子の争奪戦はいよいよ激しさを増してきた。

室長が口を滑らせたせいで、長期滞在客に童子さまの存在が知られてしまう。
好々爺の須藤氏がメロンをくれれば、マダム葉瀬はルームサービスでスイーツ三昧。張り合うように可愛がってくれるのはいいのだが、早歩は頭が痛い。
あるとき、マダム葉瀬が着物を着てみせると、緋和子は急に怯えて暴れ出した。
夏祭りに連れて行った夜も彼女は夢の中で激しくうなされていた。
物言わぬ緋和子の過去に何があったのか…。
夏子おばに言わせれば、綾子さまは厳格でそれはしつけにうるさかったという。
そのせいなのだろうか…。
これほどまでに深く刻み込まれた童子さまのつらかった思い出を、早歩の力で少しでも塗り替えていくことができるのだろうか…。

84 名前:キャリアこぎつねきんのもり[sage] 投稿日:皇紀2665/04/02(土) 00:30:19 ID:???
一巻は上記まで。

條辺早歩…ショートカットのキャリアガール。
十川七生…條辺家の顧問弁護士。メガネのイケメン。
條辺緋和子(童子さま)…本来なら「今年から幼稚園」5〜6歳の女の子。

ストーリーは童子さまの謎に迫るのに平行して、未婚で弟妹もいない早歩が子供に接する苦労と新鮮な驚きの日々をうまく描いてあります。

顔を洗いたがらない童子さまに顔ダニの画像を見せて脅したり、夜店のおもちゃ屋の屋台の前で待ち合わせしたけれど、子供の視線の高さではその場所が見つけられなかったり…という小さなエピソードのひとつひとつも面白いです。


217 名前:キャリアこぎつねきんのもり(2)[sage] 投稿日:2005/07/17(日) 13:53:57 ID:???
早歩と童子が暮らす約束の三ヶ月は、終わりに近づいていた。
狐の面をつけたままで、言葉を発することもしない童子の気持ちを、
早歩は敏感に理解できるようになっていた。

弁護士の十川は條辺の女性達の中でも、早歩が童子の親代わりになる
のが一番だと考えていたが「仕事が忙しい私ではなく、一日側にいて
あげられるお母さんでなくてはダメだ」と考える早歩は約束通り
童子を手放すことに。

お守り袋ひとつだけを大切そうに持って、童子は出て行った。
これからどこへやられるのか、十川は教えてくれない。
童子がいなくなって三ヶ月。
後輩・恵理のセッティングで気乗りしない合コンに参加した早歩は
それが十川と、その弁護士仲間と知って仰天する。

てっきり恵理と十川がつきあっているのかと勘違いする早歩だが、恵理
の目的は十川を酔わせて、かわいい童子の最新情報を仕入れること
だった。こっそり抜けだそうとする早歩を十川は、童子の叔母・貴里江
のいるクラブへと案内する。
以前、童子は貴里江を見てひどく怯え、その夜激しくうなされていた。
早歩は原因を問いただす。


218 名前:キャリアこぎつねきんのもり(2)[sage] 投稿日:2005/07/17(日) 13:56:45 ID:???
條辺の家で、姉が嫁として酷く扱われているのに対して、跡取り娘の
緋和子(童子)が大切に育てられているのを腹立たしく感じていた
貴里江は、ある夏祭りの夜、緋和子に、彼女の欲しがる狐の面で
はなく、わざと違う面を買ってやった。
狐の面が欲しかった緋和子はずっとぐずっていて、祖母にあたる当主の
綾子はそれに、激怒し息子夫妻に新しい面を買いに行けと命じた。
屋台が閉まる時間が近づき焦った夫妻は、そのまま事故にあって
帰らぬ人となった…。

童子と狐の面の因縁を知った十川と早歩。
だが、三つの子供が親の死を悲しんでそれから狐の面をつけて暮らす
だろうか? 童子は誰かに…綾子に…それを命じられていたのでは
ないか…?

十川は、早歩が答えを出すのを待つという。早歩はもう答えを出した。
童子を育てられない。だが十川は一歩も譲らない。
「大事なのは童子様があなたを好きだということだけです」

悩む内に早歩は童子の居場所をひらめいた。
本当に十川が早歩の結論を待っているなら、童子を條辺の誰かに預ける
わけがない。童子は十川の家にいる!
果たして童子は、十川と母親の暮らす一軒家の縁側にちょこんと座って
いた。
早歩を見るなり、家の中に飛び込んでしまう童子。自分のことを忘れて
しまったのだと思いこんだ早歩は声もかけずその場を立ち去った…。

その夜、童子は縁側から動かなかった。昼間もずっと庭に座り込んで
いたという。
十川は彼女を元気づけようと、早歩の写真が載った経済誌を見せる。


219 名前:キャリアこぎつねきんのもり(2)[sage] 投稿日:2005/07/17(日) 14:01:20 ID:???
童子はその雑誌を手放さなくなった。
十川の母は彼女のお守り袋にそれを入れてやろうとすると、中には迷子
札として、早歩の名刺が入っていた。
恵理たちが「迷子になったらそれを見せなさい」と早歩には内緒で入れ
ておいたものだ。十川母は、息子の名刺と入れ替えようと、何の気なし
に早歩の名刺をゴミ箱に…。

十川とその母、童子の三人は遊園地へ。そこで早歩に似た女性を見かけ
た童子は後を追いかけて迷子になってしまう。

十川たちが必死で探す一方で、ひとりぼっちの童子は、恵理の言葉を思
い出し早歩の名刺を探すが、お守り袋に入っているのは経済誌の
切り抜きだけ。
しかしたまたま通りかかった中学生のカップルがそれを見て
「これあんたのママ?」「すごーい一流ホテルー」「この子を連れてってあげたら部屋とか見せて貰えたりしてー?」と下心まんまんで童子を
保護してく
れた。

「静かにしててね」と中学生に言われ、童子は人形のように動かなくな
る。だが早歩が駆けつけるとギュッと彼女に抱きついた。「早くむかえ
に行かなくてごめんね」


220 名前:キャリアこぎつねきんのもり(2)[sage] 投稿日:2005/07/17(日) 14:02:45 ID:???
童子が早歩の許に戻ってしまうと聞いて、童子を溺愛していた十川の母
はがっくり。十川家に挨拶に来た早歩は、一度だけここに童子の様子を
伺いに来た事があると白状する。すぐに家の中に入ってしまった童子
は、実はあの時、絵本を取りに戻っていたのだ。早歩に読んでもらいた
くて…。

童子が心底早歩になついているのだと知って、諦める十川母。
一方早歩は、十川の家でも童子が愛されていたことを知り、出張の時は
預かってほしいとあえて甘えてみせる。大喜びの十川母は、何とか息子
と早歩が結婚して童子を引き取ってくれないものかと夢を見る。

こうして再び一緒に暮らすことになった童子と早歩。これで童子が自分
から面を外すか、自分の幼名を早歩に教えるという条件を満たせば、早
歩は正式な後見人として認められ、莫大な養育費を手に入れる事が出来
るのだが…。<つづく>


372 名前:キャリアこぎつねきんのもり(3)[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 23:17:13 ID:???
朝、起きたら早歩はぎっくり腰!
動くこともままならず、十川家に童子を預けるべくSOSを。
十川は早歩の面倒も看るといって聞かず、食事の支度までしてくれた。
もし自分に何かあったら、言葉を出せない童子は電話して誰かに助けを求めることも出来ないと
急に不安になる早歩。
十川は、十川母が童子にあげた玩具の中から笛を持ってこさせる。
何かあったら十川家に電話して笛を吹けばいい。
「早歩に何かあったら」という言葉に童子は懸命にホイッスルを吹く練習をはじめる。
長い間喉を使っていない童子は声帯が弱くなっているに違いない。
笛を吹けば訓練になるというのが十川母のそもそもの計画。一挙両得というわけだ。
声帯の退化など考えてもいなかった早歩はショックを受けるが、
「それはあなたがこのままの童子さまを愛しいと思ってくれた初めての人だから」
と十川は慰める。
他の親戚たちは、童子を喋らせること、遺産を手に入れるために自分の名前を言わせることに
ただそれだけに夢中だったのだから。
夕食を終えると、童子は十川家にお泊まりする事に。
携帯電話の向こうからかすかに聞こえる笛の音は、童子からのおやすみコールだった。
『お・や・す・み・な・さ・い』


373 名前:キャリアこぎつねきんのもり(3)[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 23:17:45 ID:???
童子が来て、早歩は自分が変わったと実感していた。
以前は仕事一筋で自分のことは後回し、今はカドが取れてきた気がする。
十川もまた、童子を喜ばせるために家で子犬を飼うことに決めており、昼休みにペットの本を
読んでは不審がられているという。
まるで父親と母親のように温かく童子を見守り育てている二人。
しかし! 十川母から凄い剣幕で電話がかかってきた。
十川がナルミという女と一泊で出かける、と旅館の予約確認で知ってしまったのだという。
ナルミって…童子の叔母の鳴海貴里江?
條辺の本家に行くつもりだと察して早歩は同行を申し出る。
「恋はライバルがいないと発展しないわねっ!」うまく焚きつけられたと思って十川母は
上機嫌であった。

童子の過去を探るために條辺の本家を訪れる三人。
屋敷は綾子の死後も、そのままに管理されていた。使用人の妙が三人を迎える。
曾祖母である都子(童子の曾祖母である綾子の姉)と対面した早歩は、ついに
童子の過去を知った。

374 名前:キャリアこぎつねきんのもり(3)[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 23:18:07 ID:???
綾子は自動車事故で急死した童子の父親を溺愛していた。
童子のワガママから孫息子たちは車を走らせ、そのせいで帰らぬひととなったのだ…と
思いこんだ綾子は彼女を憎み、綾子と都子の母親の名前でもあった「緋和子」の名前も
とりあげた。それから彼女は「童子」と呼ばれるようになったのだ。
顔も見たくない、側に置きたくないと言って童子を無視する綾子に、都子も戸惑い
妙は泣いて訴えた「顔も見たくないと。面でもつけていろと言うんでしょうか」
大人達の会話を敏感に察した童子は自分から言い出したのだ。

「お面したら、ばーちゃ、抱っこしてくれる?」

だが綾子はそれでも童子を許さなかった。
喋るな。人形のようにしていろ。それが出来ないなら、出て行け。
やがて童子は言葉をなくし、本物の人形のようになってしまったのだった。

童子の両親の墓前に手を合わせ、三人は帰路についた。
貴里江はつっけんどんな様子で童子へのお土産を手渡し、今度会わせてと言った。
「いつかあの子が大きくなった時、お母さんがどんな人だったか
教えてあげられるのは私だけなんだから」

375 名前:キャリアこぎつねきんのもり(3)[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 23:18:29 ID:???
ホテルに長期滞在していた作家の須藤先生が久しぶりにやって来た。
作家生活50周年記念パーティーの花束贈呈を、童子と、長期滞在仲間だった
マダム葉瀬にやってもらいたいというのだ。
面をつけたままの童子を、人々やマスコミがどう思うのかと不安になる早歩だが
毅然とした態度で通すことにした。

問題は着物だった。
童子は綾子を思い出すのか、和服の女性にひどく怯える。
マダム葉瀬が和服を着たために、案の定逃げ出し、隠れてしまった。
「千代おばちゃまと須藤のおじちゃまにお花を届けるんでしょ、出ておいで」
マダム葉瀬も言葉を添えた。
「千代さんは童子ちゃんのお着物好きよ。キツネのお面も大好き。
だから童子ちゃんも、和服の千代さんもお着物の千代さんも、好きになってほしいの」
千代さん泣いちゃうよ? と早歩に言われて、ついに出て来た童子。
二人の半襟はマダム葉瀬の見立てでお揃いだ。
「嬉しい?」と聞かれ、指でハートマークを作ってみせる童子をマダムは抱きしめた。
「童子ちゃん、大好き」

376 名前:キャリアこぎつねきんのもり(3)[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 23:18:57 ID:???
パーティーは無事に終了した。童子の花束贈呈は「かわいい」と騒がれたものの
思ったほど奇異な眼では見られなかったようだ。
むしろ問題は須藤先生の新しい担当が、早歩に猛烈なアプローチをしてくるところ。
「不仲になーれ、不仲になーれ」
邪悪な呪文を唱える十川母。
一方、早歩はまったくその気がない。今は童子だけで手一杯。
それに、須藤先生から住んでいた家に管理人代わりに入って欲しいと言われた事で
頭がいっぱいだった。
憧れの一軒家で童子を育てられる。自由にリフォームしてもいいという好条件だ。

引っ越しの準備で忙しくなった早歩は、童子の小さな変化に気づかなかった。
部屋の隅に積まれていく荷物と自分を見てくれない早歩。
十川母に連れられてマンションに戻った童子は、荷物が運び出されてからっぽに
なった部屋を見てショックを受ける。
マンションの外に早歩の姿を見つけ、飛びだそうとするのだが、子供の力では
エントランスのガラス扉が開けられない。
早歩が行っちゃう?!

「やーっ」

いや、と泣きながら抱きついてきた童子。
童子は自分の両親の遺品が処分されるのも、色々な家を転々とさせられる時も
いつも荷物が積み上げられるのを見てきた。
「いやな思い出がつきまとっているんでしょうね」
十川の言葉に、驚かせようと思って、黙っててごめんねと早歩は詫びた。

人形のように何もかも黙って受け容れてきたこの子が、初めて嫌だと言った。
いつかおまえと別れる日が来たら、今度は私がひとりでは歩けなくなるだろう…。

三巻おわり。