僕は鳥になりたい/西炯子
421 名前:僕は鳥になりたい 01/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:12:59 ID:???

 特に 春先になると

 ぎしぎしと何かが きしむような音がした

 それは何かが せめぎあってるような音だ

 そして常にその音は 俺の体の中にも あったのだった

東京から飛行機で一時間、大正末期にできた古い男子校の寮に、文芸部長の針間は住んでいる。
彼は三年にあがった年の春先、寮の部屋変えで、チクリと悪評高い二年の薬師と存在感のない三年の両角という、
あんまりご一緒したくない類の生徒ふたりと同室になった。
すぐ後には五月の開校記念祭があり、そこでその日のために準備したもの作ったもの全部燃やして灰にしたら、
翌日からは何事も無かったかのように、仁義なき受験戦争がはじまるのだ。

 だが俺は受験になんかとらわれちゃいない 

 誰にも何にも 縛られちゃいない

 俺の名前は針間克己 何かが足りない17歳だ

文芸部で年に一度開校祭にて売る同人誌を読んだ女の子達から、針間のもとへファンレターが届く。
彼は、どれも一様にまるっこい字の文面の中からよさそうな娘を選んで、休日会う約束をし町へくりだす。
普段野郎ばかり見ている針間は、たまに女の子を見ると軽い感銘を受ける。
特に柔らかい日差しの午前中などは、彼女らの背中に翼が見えてしまうのだ。
彼女らの翼はうっすらと紅色で、そして気まぐれにいじらしく震えている。
しかしどんなにタイプの女の子でも、こっちに本気になってしまったらもうだめなのだった。
自分を追いかけ始めた途端、彼女らの翼は瞬く間に消えてしまう。そして興味がなくなり、すぐに別れる。
はたから見たら俺ってばずいぶんな遊び人に見えているのだろうなあと、針間は思うのだった。

422 名前:僕は鳥になりたい 02/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:13:46 ID:???
こりもせずまた出かけた先で、針間はひとりの女の子と出会う。
ミッションスクールの生徒らしい彼女は、制服のままベンチに座り、ぶあつい聖書を暗誦していた。
これは照れているのだろうかと、それとなく声をかける針間。
 「――すいぶん熱心だね」
 「来週のミサで暗誦の当番なの」
 「ふーん。暗誦するほど読めば神様のいってることよくわかるんじゃない?」
 「ううん。暗誦は得意よ、聖書はほとんどそらでいえる。でも何書いてんのかよくわかんないわ」
 「わかんないで暗誦してるわけ」
 「うん」
打てども響かない受け答え、顔は十人並みだし、およそ身なりに男に対する緊張感がない。
にぎやかな手紙の印象とまるで違う。年頃の女としてその反応としてどうなのかと不満を感じる針間。
しかし手紙どおりにぎやかな女の子が遅れて後からやってきて、彼女はただの付き添いだったと判明する。
去っていく彼女の後姿から、何故か視線を外せない針間。

その日の寮の点呼で両角が遅刻し、寮監に殴られた。高圧的な態度の寮監に、お前は教師でも神様でもねーと不満を感じる針間。
部屋へ戻ると、薬師が両角に穀物くさいと言い出した。それになんだかホコリくさいと。実は針間も常々気になっていたことだった。
しかし両角は視線をゆっくり泳がせると、「お  し え な い」と言って、そのまま眠ってしまった。
途端に、ゴシップに敏感な薬師が両角の怪しさについて言及しだす。
挙動不審で口数が少ないし気味が悪い、それに中等部の連中が既に廃屋になった旧校舎で両角を見たらしいと。
だが得に興味もない針間は、うるさいと薬師を一括してベッドに入った。
何故かぼんやり、今日会った彼女の姿がよみがえる。

 聖書
 全部暗誦できるくせに 何をいってるかのか知らない 
 なんて
 かっこいい

薬師の時計の音が耳障りで、電池を抜こうと針間がベッドを降りる。すると、ふいに見えた両角のベッドは、見事にもぬけのからだった。

423 名前:僕は鳥になりたい 03/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:14:26 ID:???
翌日針間は食堂で、友達の生徒会長水上に両角の件について話してみた。
水上によると、両角は高等部から入ってきた組で、なじめないまま今に至っているらしい。
実家は新潟らしいのだが帰省はしてないようだし、正直何を考えているかわからないと水上は言う。
それ以上を追求したがる針間に、水上は、受験勉強もあるし周りが騒がしくなるのはありがたくないと話を切り上げた。
針間は冷めた顔で水上を見やる。

友達を使い、この前会った手紙の少女をだまくらかして例の彼女の名前を聞き出し、針間は彼女のもとへ電話をかけた。
女に電話なんてそれまで何万回もかけていたはずなのに、初めて女の子に電話をかけた時のように、針間は緊張していた。

 ケーブルを伝って信号になった 彼女の小さな声には 抑揚がなかった
 俺は細心の注意を払って 彼女を誘った

日曜日の午後、(午前中は彼女のクラブがあるのだ)二度目に会う彼女は、またもや制服姿でやってきた。
ふと、彼女は自分がどういうつもりで誘ったのか理解しているのだろうかと心配になる針間。彼女の学校は男女交際に厳しいので有名なのだ。
しかし制服を脱いでくれと言うわけもいかず、人目につかない場所で話でもするかと、そのままさびれた公園のベンチまで移動する。
今度は英語の聖書をもってきた彼女に、針間はそれも全部おぼえているのかと訊ねる。そうよと答える彼女にじゃあ英語はバッチリかと聞く。
 「全然、いつも”2”に近い”3”よ」
 「――え?」
 「わたし落ちこぼれだもの」
話している途中で、彼女が眠りこけてしまった。毎朝六時からランニングらしいからなあと、針間は彼女に上着をかけてやる。
遠く先では、男の子が犬とたわむれていた。豆腐売りが来て、近所の主婦が子供の手をひき集まってくる。
映画を見たわけでもない。お茶したわけでも、ボウリングもローラースケートもしてない。なのに針間はなんだか満たされた安らかな気分になる。
聖母のモニュメントがある丘の上の彼女の学校まで送っていった別れ際、針間は彼女にまた会えるか聞いた。すると彼女はたぶんと答えた。
その夜針間は白黒の穏やかな夢を見た。

424 名前:僕は鳥になりたい 04/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:15:06 ID:???
針間は学校の植え込みで小さな鳥をみつけて手に取った。
すると何かが頭にこつんと当たる。上の方を見てみれば、両角が窓辺に立ってこっちを見ていた。
鳥は両角のらしく、指に乗せながらお礼を言われる。どこかで飼っているのかと針間は訪ねる。同室でのゴタゴタはごめんだ。
すると両角はおもむろに頭に鳥を乗せて歩き出した。そして立ち入り禁止の旧校舎へと入っていく。
制止する針間に、両角は言った。「誰にも言わないでくれよ」

ほこりっぽい部屋の中には、羽切りしてない沢山の鳥と、鳥かご、そしてどうやら人間が飛ぶためとおぼしき翼が所狭しと吊り下げられていた。

 「翼を作ってるんだ。実際の鳥で研究してるうちに増えちゃってさ」
 「――あきれたな…」
 「さっきの鳥は二週間前にケガをしてね。なかなかよくならないんだ」
 「じゃあもしかしてこないだ夜にいなかったのは…」
 「あ バレてたのか。…うん、鳥が心配でね」
 「…翼って。作ってどうすんのよ。飛ぶとかいうなよ?」
 「飛ぶよ?ほら、すぐ裏の住宅地のむこうが広い空き地だろ。計算どおりに風に乗ればあそこに着地できるんだ。
  卒業する前にやるよ。もう翼も本番用があらかたできあがってるんだ」

そう言いながら両角はパソコンの画面を針間に見せ、自分の計画を熱心に語り出した。

 しまいには俺なんか無視して 熱でもあるかのように 翼の話をする両角は
 既に心が空を飛んでいるように見えた

 翼をもって空を飛ぶこと
 それはとうの昔に捨てて見失った望みだ
 心が翼を持っていた頃 俺も天使だったかもしれないとふと思った

 両角は少しずつ自分のことを話し始めた
 おそらくここへ来て 初めて 語り合う人間を得たのだろう(鳥以外に)
 ひと言ひと言かみしめるように話す姿に 彼のこれまでの孤独の深さが知れた

 が 話が実家のことに及ぶと 
 ふいに彼の口は重くなるのだった

425 名前:僕は鳥になりたい 05/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:15:44 ID:???

 無理に聞き出そうとは思わなかったが
 同じ缶からジュースを飲めるようになった頃 
 彼は思い出したかのように語り始めた
 「これ 母」
 「ぴゅう。美人だなあ」
 「僕が中一の頃までは家にいたんだ」
 「…今は?」

 「不思議の国」

 「母はもう僕が誰だかわからないんだ。一回だけ家に内緒で会いに行ったけど…それっきりだよ。
  親父のせいなんだ。僕が小学六年のとき突然庭に離れを作らせたかと思うと、
  ある日いきなり知らない女の人を連れてきてそこへ囲ってしまった。
  五社英雄の映画みたいだろ。親父は南部の生まれでね、恐ろしく豪胆な男なんだよ。
  母は神経が細くて…そのことが心労になって……。
  今 うちには 父とその女の人と兄弟と祖母が住んでいるんだよ。とうとう三年間一度もかえらなかったなあ…」
かたまっている針間に気付いて、両角は申し訳なさそうに続ける。
 「悪かったな、陰気な話しちゃって。ああそうそう針間くんが助けてくれた小鳥ね…。
  傷は治ったんだけど、骨をどうかしたらしくて、うまく飛べないんだよ。あ。これもあまり明るい話題じゃないね」

 卒業してもとりあえず家には帰らないだろう 彼は笑って最後にそう言った
 故郷から遠く離れたこの土地で 彼はひっそりと心の傷をいやしていたのだろうか
 孤独という代償を払って

その夜久しぶりに、針間は実家へ電話をかけた。

426 名前:僕は鳥になりたい 06/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:19:07 ID:???
夏になった。彼女は私服にはなったものの、相変わらず針間と会うたびにまず、”何か…?”という顔をする。
彼女は港町の生まれだと言っていた。針間はそれ以上のことは知らなかった。知らなくてもいいと思った。
だって彼女といるだけで、心は夜明けの海のように静かになる。
幸せ。どうにも確かな実感のない生活の中で、彼女といるときだけは確かに”幸せ”だと針間は思った。

針間は両角と彼女を会わせることにした。何も考えず、ただ新田由子(=彼女)という存在を両角に知らせたかったのだ。
例えるならそれは、ようやくたどりついた暖かな部屋に、まだ外で震えている友人を迎え入れてやる行為だった。
なぜならば、針間は新田をほかの女と同列に恋愛の対象にすることをためらっていた。
そして両角という男が、放っておけない存在になりつつあったのだ。

両角は新田を秘密の部屋に入れた。
 「わっ すごい…」
 「人にいっちゃダメだよ」
 「いうとどうなる?」
 「消えてなくなる」
休日とはいえよく他の人間を入れることにしたなと言う針間に、両角は笑顔で君の友達ならかまわないよと答えた。
針間はその友達という言葉に少しひっかかりを覚える。しかし恋人でもなく、こんなのをなんていったらいいだろうと思った。

針間は休日ごとに両角も一緒に外へと連れ出した。そのたびごとに、彼の表情に明るさが増してゆくのがわかった。
三人でたわいもない遊びをした。針間と新田が言い合って、両角が遠くで笑う。
そんな折ふと新田が、何故空は青いのかと聞いた。針間は理科で習った光の屈折について話すが、しかし両角が笑って言う。
 「空はきっと、海にあこがれているのでしょう」
 「じゃあ海が青いのはどうして?」
 「空にあこがれているからでしょう。だからお互い映し合いっこして同じ色になっちゃう」
 「じゃあねえ、どうして鳥だけが飛べるの?」
両角は空を見据えて言うのだ。
 「きっと他の生き物よりも強く、空を飛びたいと思ったからだよ」
 「…ああ…!うん!」

針間は何も言えなかった。

427 名前:僕は鳥になりたい 07/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:20:04 ID:???
夏休みがきた。しかし針間の学校では盆を除いて毎日平常と同じ授業が行われる。物理と英語が強制補修だと両角が言った。
あんなもん作って物理は得意じゃないのかと問う針間に、両角は関係ないと答えた。進路の方も、ずっとああいうことをやっていけたらいい、
食べてくだけの金があればいいと言う両角に、針間は、自分もこの学校じゃ変わっている方だが、両角もずいぶん変わった…と言いかけて、
ふと口をつむいだ。
空の話をしていた、両角と新田の背中が、よみがえる。
 ”変わってる”?
 俺 今 そういっちゃったよな
 両角の どこが変わってるっていうんだ?
 自分のしたいこと 自分の意思で 自分のしたいようにするのが変か?
 ははは  何が”縛られてない”だ  ”とらわれてない”だ
 縛られちゃって とらわれちゃってんのは てめえじゃねえか
 両角こそ本当に  自由じゃねえか……
両角と新田が手を繋いで、翼をひろげて、飛んでいく。ふたりだけで。自分はただそれを見上げている。そんな映像が、針間の頭に浮かぶ。
 「……くん」
 「どうかした?」
 「――え」
いつのまにか両角と新田が針間の前にいた。ぼんやり見返す針間に、雨だからトランプしようって君が言ったんじゃないかと両角が言う。
目の前で、両角と新田が話をしている。針間はそれが気になってしかたない。そこで何を話しているんだ。
様子のおかしい針間に気付いて、両角と新田が近寄ってきた。ふたりの手が、同時に針間の顔に触れる。
その瞬間、針間はどんとふたりを突きかえし、そのまま部屋を出て行った。新田がとっさに針間の腕を掴んで止めようとする。
 いけない
 「新田 俺と両角とどっちを選ぶんだよ」 
 ダメだろう
 そういうこといっちゃ 
 新田はそういうんじゃないだろう
 だから両角に会わせたんだろう
 それをてめーで
 「奴とは気が合うんだろ。俺はどうしたってあいつにはかなわねえからな。でも俺は――」
 あ もうやめろ やめろってば やめないと
針間は新田をむりやり抱き寄せた。
 最低だ 
 俺ってなんてあさましい野郎なんだ

428 名前:僕は鳥になりたい 08/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:20:59 ID:???
雨の降りしきる中針間は歓楽街につっ立っていた。通りかかった女連れの寮監に見つかって、声をかけられた。
寮監はそのまま女と別れ、寮に帰っていった。残った女に誘われ、針間はそのまま、女の部屋までついていった。

朝、部屋で服を着ていると、女が窓を開ける。その窓から少し遠くに、大きなマリア像が眺められた。
 「――ここ…」
 「んーー?うん。聖真女子のすぐ下よ」
どこからともなく掛け声が聞こえてくる。
 「あらっ。聖真軍団のランニングだわ。ということはまだ六時か…。バスケット部の子たちが毎朝ここ走るのよ」
 バスケット? 新田はバスケット部だったっ……?
その時ちょうど、集団の後ろを走っていた新田と、窓から女と共に顔を出していた針間の目線があった。
新田は驚いたように目を見張っている。針間のシャツは肌蹴ていた。集団の掛け声が小さくなり、その背が見えなくなっていく。
 「飲む?」
女が牛乳ビンを差し出した。

旧校舎が火事にあい半焼になった。原因は勝手に忍び込んだ薬師だ。薬師と両角は理事長室に呼び出され話を聞かれた。
針間が両角に聞いた所によると、鳥は半分くらいは逃がしてやれたらしい。両角は騒ぎにまぎれて、飛ぶための翼だけは持ち出していた。
両角事件はしばらくの間話題になり、そしてそのことによってにわかに学校は厳しくなった。他の生徒達はみな、両角に悪態をついた。
 「――まったく。目立たないと思ってりゃバカなことやってくれるよな」
 「とうぶん教師と寮監がガッチリ監視に来るらしいぜ。だいたいガキじゃあるまいしハネ作って飛ぼうなんてただのバカだよ」
 「おかげで無関係の俺たちまで巻き添えだよ。冗談じゃねえよ」
 「……両角は、遊びであんなことしてたんじゃねえ」
 「――なんだよ針間。おまえだって知ってて黙ってたっていうじゃないか」
 「両角が今度のことでどんなけ参ってるか知らねえだろ。
  おまえらは、俺もそうだったけど、奴が本当はどんな奴で、
  どんな理由でどんな気持ちであんなもの作ってたか知っちゃいねえだろ。
  というより、知る必要なんかねえと思ってるだろ。
  でも、心の底じゃ奴がうらやましいだろ」

新田由子が消えたのは、それからしばらく後のことだった。

429 名前:僕は鳥になりたい 09/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:21:44 ID:???
針間がはじめて新田に会った日、つきそわれてきた少女に、針間は呼び出された。
話によれば、新田の父が海難にあい一人になったので(新田は父子家庭だった)北海道の遠縁のもとへ引き取られていったらしい。
少女は針間の前に聖書を2冊差し出した。
 「で…、彼女の机の上にこれ…聖書。針間さんと”××くん”にってメモがあったの。
  ”両角”ってコレなんて読むのかなあ。”リョーカク”?”リョーカド”?
  あの子物大事にする子だったし、どうして2冊も置いてったのかと思ったのよね…」
移転先の住所は知らないと少女は言った。

 「何をしてるんだよ」
 「風を見てるんだよ」
 「見えるのか?」
 「うん」

 「おまえ、新田のことどう思ってたんだ」
 「――よくわからないけど、もうずっと昔からお互いを知っているような気がした。
  もうあんな子には会えないかもしれないな」
 「もうここには来ないんだな……」
 「おまえ、飛ぶのあきらめたのか?」

両角は、針間に向かって笑った。

 両角はその日から翼の仕上げを入念にやり始めた
 一足先に謹慎のとけた薬師は皆にそのことをいったまわったが
 
 「やらしとけよ。今度は火事にゃならないんだろ」
 「おまえこそその性格をどうにかしな」

 みんな一様にそしらぬふりでいた
 そして誰もそのことを教師に告げ口するものはいなかった

430 名前:僕は鳥になりたい 10/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:22:28 ID:???

 「――なに書いてんだよ、さっきから」
 「”やさしい翼の作り方” 
  今度のことをドタバタ喜劇にしてやる。
  そして俺が大作家になったとき”針間克己青春小品集”として単行本にまとめるのよ。
  よろこびも悲しみも一枚いくらで金にかえてやるぜ」


 ぎしぎしと 何かがきしむような音がする

 それは飛ぶことを夢に見て天を仰ぐわたしたちの

 飛べない翼が切なくせめぎ合う音なのだ


 両角のフライトが失敗に終わったのは 夏休みも終わろうとする頃だった
 教室の窓から息をつめて見守っていた級友たちの目の前で
 両角の翼は 乱気流にのまれて アスファルトの地面に叩きつけられた

 彼の所持品は大方焼失していたので 
 寮に置いていたわずかな服や教科書などが遺品となった
 それらはいずれも整然と整理されていて 荷造りはあっというまにすんでしまった


 17年生きたしるしというには あまりにもそれは――



431 名前:僕は鳥になりたい 11/11[sage] 投稿日:2005/09/08(木) 18:25:39 ID:???
 「針間さん。おかえンなさい。今日は早かったね。大変だねェお役所も…ゴクロウさまぁ」
 「管理人さん、いや――冷えますねえ、今日は」
 「あのネエ、これ書留預かってたもんだから」
 「あ、どうも、すみません」

 俺は作家にはならなかった。

針間はそのまま、手にした書留の宛名を見る。

 「水上。あらーっ久しぶりだなあ。何いってきやがったんだ。あれっ、中に葉書が」

葉書には、新田由子の名前があった。
水上の手紙には、新田から針間に学校あてで葉書がきたことと、
針間の連絡先がはっきりしないので自分の所へ送られてきた旨が綴ってあった。

 【お元気ですか?
  わたしは今 北海道の港町の 小さな町役場に勤めています
  職場で飼い始めたカナリアを見たら ふと針間さんたちのことを思い出しました
  両角さんはお元気ですか?
  いつかまた手紙書きますね さようなら】

 両角のことを 彼女に知らせるべきか 俺は考えた

 が 結局 知らせないことにした

 何故そうしようと思ったのかはわからない

 ただ そのほうがいいと 漠然と思ったのだ

 そして心から 彼女の幸せを祈った

針間は新田からの葉書を紙ひこうきにして、そしてそのまま、空へと飛ばした。